「聖母」と「天使」と、リリースの日付けからみて、「あなたの天使」の方が後から出来たかと思います。
友井久美子さんは、当時話題を呼んだ「聖母たちのララバイ」を当然意識していたでしょうね。
友井久美子さんは、当時話題を呼んだ「聖母たちのララバイ」を当然意識していたでしょうね。
男目線の「聖母たちのララバイ」に対して、
「この街は戦場だなんて大げさすぎるし、自分に背中を向けた男に聖母のような愛情を持って見守るなんて、なんか男の嘘っぽい...」と。そして「私ならこうね」という気持ちがあったのかと思う。
やはり、赤文字系と青文字系と、弁証法的な対立を示しているかと思う。もの書く人は単純ではない。
「あなたの天使は」同じ年頃の女性の自分目線で成立していますので、等身大の歌として、歌手石川ひとみには十分思い入れが込められる歌になっているでしょう。
そして、「あなたの天使」という部分を、西島三重子調でグッとマイナーコードにしていて、決して無邪気な天使ではなく、仏教的な「大悲」という言葉がふさわしいような趣を醸成しているところがいいですね。
といっても、これは私の受け止め方であり、そのように連想する人はまずいないでしょうけど。
大悲というのは、「もっと見つめて...」のように、自分の気持ちを中心に相手を観るのではなく、相手の心に則して、その深みまで自分の心を掘り下げていく生き方、を意味します。
自分の夢を熱く語ってくれた男が今は沈んだ顔をしている。
戦い疲れ時には泣きたいこともある...そのような男の心の深みまで量れるほどの(心の)尺度を持つ若い女性はそうそういるものではない。
ここは、単純に「自分も悲しい」というシンパシーを表現しているのだ、と解釈した方が良いでしょうね。
とすると、一匹狼のように過剰に自立してしまった男にとって、そのシンパシー的気遣いは重苦しく感じるわけです。
じゃあ、どういうのがイイのよ?と、女性につっこまれそうですねェ。
以前、セシルの部屋の付け足し記事でいまは削除してしまった部分で、「ロリータでも残酷なおばさんでも、好きです」と書いたのですが、わたし的な好みは「残酷なおばさん」ですね。
このキャラは、第一次戦後派の作家、椎名麟三の初期の作品によく出てくるおばさん像です。
未熟な男の悩みや妄想に対して、「あんた、そんなことだから女に逃げられるのよ。当たり前ね」とか、軽く一蹴してしまうおばさん。
人生経験が豊富で、甘いも酸いも分かっている市井(しせい)のおばさん、小気味よくていいです。
適当に距離感があって、つきあっていて気楽でイイかな?
男女関係で大切なことは、相手にとって重苦しくならないように気をつけることです。
これは、お互いの性格で異なってきますので、個々にどうだという話になり、単純に片づけられないものがありますけどね。
それで椎名麟三ですが、この作家はドストエフスキー体験からキリスト教に入っていきました。
その、椎名が描く「残酷なおばさん」...わたし的には、「聖母vs天使」をアウフヘーベンしたのが、
「ただの市井のおばさんである」と言うところが気に入っていました。
「遠くで 冷ややかに見つめているゥー オバハンー」...ロマンチックな歌になんか、なりゃしネェー。
生活者である市井のおばさんはけっこうシビアで、あくまでも散文的なドライさをもっているノダ。
野坂 昭如も「黒の舟歌」なんか歌ってないで、こういう歌を書いて歌っていれば、作家兼シンガーソングライターになれたかも。
あの、毒舌なら、いけるな...。
私が時々、歌詞解釈をしていて「身も蓋もない言い方ですが」とか、「簡単に言ってしまえば」と前置きをして、グサッと言ってしまうのは、じつは残酷なおばさんに変身してしまうからですね。
たとえば、マイフェアレデイーのBefore の映像を見てみないフリをする...天使ですねェ、心やさしい人です。
しかし、その沈黙は重苦しい。見てはいけないものを見てしまった、とでもいうような雰囲気。
けれども、残酷なおばさんなら、
「あんた、オーディションに出るなら髪くらいセットして、色白のファンデーションぐらい塗っておくべきね!色が白いは七難隠すって言うでしょう」とか、平気で言ってしまうわけです。
グサッと言って、カラッとしている。がさつなのは困るけどねェ。
オバハン、恐るべしだね。
相手に対して重苦しくならない関係がいいと分かっていても、それをどうパフォーマンスしていくかというのは難しいものです。決してワンパターンではなく、お互いの関係性で様々な形があるということを理解していないとネ。
フェミニズムでも自立でも、パワー・ストラグル(Power Struggle)レベルに留まっていてはいけない。
そういうものを経て、ごく普通に戻らなければ、良い人間関係はつくれません。(往相/還相の自立)
といっても、思考レベルというのは元には戻りませんから、それを超えなくてはどうにもならなくなる。
その鍵は、自然体ということになるかと思う。
「この街は戦場だなんて大げさすぎるし、自分に背中を向けた男に聖母のような愛情を持って見守るなんて、なんか男の嘘っぽい...」と。そして「私ならこうね」という気持ちがあったのかと思う。
やはり、赤文字系と青文字系と、弁証法的な対立を示しているかと思う。もの書く人は単純ではない。
「あなたの天使は」同じ年頃の女性の自分目線で成立していますので、等身大の歌として、歌手石川ひとみには十分思い入れが込められる歌になっているでしょう。
そして、「あなたの天使」という部分を、西島三重子調でグッとマイナーコードにしていて、決して無邪気な天使ではなく、仏教的な「大悲」という言葉がふさわしいような趣を醸成しているところがいいですね。
といっても、これは私の受け止め方であり、そのように連想する人はまずいないでしょうけど。
大悲というのは、「もっと見つめて...」のように、自分の気持ちを中心に相手を観るのではなく、相手の心に則して、その深みまで自分の心を掘り下げていく生き方、を意味します。
自分の夢を熱く語ってくれた男が今は沈んだ顔をしている。
戦い疲れ時には泣きたいこともある...そのような男の心の深みまで量れるほどの(心の)尺度を持つ若い女性はそうそういるものではない。
ここは、単純に「自分も悲しい」というシンパシーを表現しているのだ、と解釈した方が良いでしょうね。
とすると、一匹狼のように過剰に自立してしまった男にとって、そのシンパシー的気遣いは重苦しく感じるわけです。
じゃあ、どういうのがイイのよ?と、女性につっこまれそうですねェ。
以前、セシルの部屋の付け足し記事でいまは削除してしまった部分で、「ロリータでも残酷なおばさんでも、好きです」と書いたのですが、わたし的な好みは「残酷なおばさん」ですね。
このキャラは、第一次戦後派の作家、椎名麟三の初期の作品によく出てくるおばさん像です。
未熟な男の悩みや妄想に対して、「あんた、そんなことだから女に逃げられるのよ。当たり前ね」とか、軽く一蹴してしまうおばさん。
人生経験が豊富で、甘いも酸いも分かっている市井(しせい)のおばさん、小気味よくていいです。
適当に距離感があって、つきあっていて気楽でイイかな?
男女関係で大切なことは、相手にとって重苦しくならないように気をつけることです。
これは、お互いの性格で異なってきますので、個々にどうだという話になり、単純に片づけられないものがありますけどね。
それで椎名麟三ですが、この作家はドストエフスキー体験からキリスト教に入っていきました。
その、椎名が描く「残酷なおばさん」...わたし的には、「聖母vs天使」をアウフヘーベンしたのが、
「ただの市井のおばさんである」と言うところが気に入っていました。
「遠くで 冷ややかに見つめているゥー オバハンー」...ロマンチックな歌になんか、なりゃしネェー。
生活者である市井のおばさんはけっこうシビアで、あくまでも散文的なドライさをもっているノダ。
野坂 昭如も「黒の舟歌」なんか歌ってないで、こういう歌を書いて歌っていれば、作家兼シンガーソングライターになれたかも。
あの、毒舌なら、いけるな...。
私が時々、歌詞解釈をしていて「身も蓋もない言い方ですが」とか、「簡単に言ってしまえば」と前置きをして、グサッと言ってしまうのは、じつは残酷なおばさんに変身してしまうからですね。
たとえば、マイフェアレデイーのBefore の映像を見てみないフリをする...天使ですねェ、心やさしい人です。
しかし、その沈黙は重苦しい。見てはいけないものを見てしまった、とでもいうような雰囲気。
けれども、残酷なおばさんなら、
「あんた、オーディションに出るなら髪くらいセットして、色白のファンデーションぐらい塗っておくべきね!色が白いは七難隠すって言うでしょう」とか、平気で言ってしまうわけです。
グサッと言って、カラッとしている。がさつなのは困るけどねェ。
オバハン、恐るべしだね。
相手に対して重苦しくならない関係がいいと分かっていても、それをどうパフォーマンスしていくかというのは難しいものです。決してワンパターンではなく、お互いの関係性で様々な形があるということを理解していないとネ。
フェミニズムでも自立でも、パワー・ストラグル(Power Struggle)レベルに留まっていてはいけない。
そういうものを経て、ごく普通に戻らなければ、良い人間関係はつくれません。(往相/還相の自立)
といっても、思考レベルというのは元には戻りませんから、それを超えなくてはどうにもならなくなる。
その鍵は、自然体ということになるかと思う。
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