前曲に引き続いて、武衛さんの女性感覚表現を取り上げていきたい。
旧ページのタイトルに、この曲名をつけましたので、その紹介・説明という意味もありました。
旧ページのタイトルに、この曲名をつけましたので、その紹介・説明という意味もありました。
石川ひとみ 『気まぐれフィーリング』 (1980.10.21 「Inside Outside」)
作詞:武衛尚子/作曲:水谷公生/編曲:水谷公生
作詞:武衛尚子/作曲:水谷公生/編曲:水谷公生
1981年、石川ひとみちゃん20歳、「Inside Outside 」をリリースしました。内面の世界と、外に表れているものと、を意味してつけたタイトルです。
ナベプロが幽体離脱のようだと評したレコジャケ。
「揺れる 揺れる心」
これもまた、Inside Outside の感覚的表現だと言ってよい。
こころというものは、コロコロと変わる、揺れ動くものという元々の意味があるのですが、本来の意味が伝承されなくなった今日では、「新聞紙」紙のような二重表現も必要なのでしょう。
まあ、なんと申しましょうかー(もの真似です)
例の、ロシアのことわざ通りの歌詞ですねェ。
20歳(はたち)までの女は自分を殺す。つまり、
「いつもあなたの いい子」
(20歳以上)25までの女は自分と相手を殺す。つまり、
「いつもあなたの いい子」じゃつまらないわ...
はまりすぎですね。しかしこれは、女性の精神的な自立の始まりを意味しているわけですので、むしろ歓迎しなければいけないでしょう。
自立している男からみると、ほほえましい限りなのですが、自立していない若い子からみると「ちょっと生意気になったな」とか...
でも、女の子の気持ちを代弁してみると、20歳と25の違いは何に由来するのかといえば...
『海のようなやさしさで』で描かれた「いま愛が引きしおー」の経験なのですね。
女の子の気持ちを率直に言えば、「飽きられてしまった...のでしょうか?」という、訊くにきけない思いなのだと。
「わたしを嫌いになったのね?」と訊ねれば、男は「そんなことはない」と否定するはず。しかし、
「わたしに飽きてしまったのね?」と訊ねられたら、「じつは...そう...」と、うっかり本音をもらしかねないからなァー。
そういう答えだったら、女の子としても頑張りようがないから、ショックでしょう。
しかし、もっと精緻にみてみると、飽きるという言い方は正しくなくて、「慣れてしまって、はじめの頃のインパクトがなくなってきた」ということでしょう。
「飽きる」という言い方ですと、気持ちが離れるという意味合いを含みますが、慣れる・馴化するという場合は刺激的でなくなったというだけで、気持ちが離れるという意味合いはない。
だから喫茶店に入って、コーヒーを飲みながらマンガなど読み始めたりする。気持ちが離れてしまったら、まず一緒に喫茶店に行くことさえなくなるし、一緒にコーヒーを飲んで時間を過ごすこともなくなる。
これは人の心、精神といってもよいが、それが持っている自然性なのだということです。
人は赤ん坊の時から大人になるまで自我を急速に拡大していきますが、心は外界からの刺激に慣れることによりそれを裡に取り込んで、内面的世界を広げていきます。自分にとって自然なものとして馴化していく。
これは生命体がもつ適応能力によるものであり、自然そのものですから、拒否することはできない。
それで、そんな時に別の女性が現れたりすると、そちらに惹かれてしまう。俗に「女房と畳は新しい方がいい」と。
そういう男の気持ちの有り様を、女性は敏感に嗅ぎつけますので「海のようなやさしさで」のような歌が生まれる。
それで、女性はどう対応していくかというと、「いつもあなたの いい子じゃつまらないわ」と。
オーソドックスにいくならば、「つまらないでしょう?」ということになるのですが、そういう男の気持ちが判っている武衛さんは、それを先取りしてしまっていて、つまらないと言われる前に、女の方から進んで小悪魔に変身しようとする。
「いい子じゃつまらないわ」という部分は、そのひとひねり屈折した女性感覚が図らずも顕れているのだと思う。
わたし的にいえば、若いからしょうがないけど、という感じですか。
決して大人の歌ではないですね。20歳のひっちゃんの歌ですから、それはそれでかまわない。
(なぜかというのは、別のブログで書きかけ中ですので、いずれリンクを張っておきます)
この曲も前の「いつわり」同様に歌詞が先にできて、後から曲をつけたようなノリのよくないところがあります。
そう感じるのは、たとでば「無邪気な昔に、今は」というフレーズですね。
いかにも、歌詞に合わせてメロディーを作った感じだがするけど。
もしも、曲が先にあって歌詞を後からつけたとすれば、「いい子じゃつまらないわ」という部分は、本当は「つまらないでしょう?」と書きたかったけれども、メロディーに制限された言い換え、ということになるだろうか。
けれども、男の気持ちを先取りして小悪魔を演じる、という表象性にさほど違いはありません。
石川ひとみちゃん自身は気分が変わりやすいタイプで、その変化を自分で楽しんでしまうそうですけれど、決して気まぐれではないでしょうね。ねっ?
その変化を楽しんで、今日は白い服とか、今日はジーンズで活発にとか、という話ですから。
お酒は飲めないのでその手のお店に行く気など...まして、(飲まなくても楽しめるそうです)
酔って 醒めて 笑って、男を振り向かせるなんて、考えられませーん。
ドロンジョ様のように焼き肉デートはムリー!
踊りだって、苦手なのさ。
困ったよい子ですので、こういう歌は入りきらないな。
でも、歌手石川ひとみいつもいい子じゃつまらないわ、というアイドル苦を感じていたのかもしれませんけど...。
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