石川ひとみ「秋が燃える」

 石川ひとみ 「秋が燃える」(1982)作詞:岡田冨美子、作曲:佐瀬寿一、編曲:渡辺茂樹

 石川ひとみの7枚目のシングル『オリーブの栞』も、ラッキーセブンとはならなかったのを受けて、この年は歌以外のプロモーションにも力を入れ始めます。若者に人気のあった「GORO」などの週刊誌の表紙やグラビアに石川ひとみが登場するのもこの頃が多かったかと思います。
 この『秋が燃える』は、話題作り曲という意味合いがありますね。

 私はこの『秋が燃える』を聴いて、山口百恵ちゃんの『青い果実』から『ひと夏の経験』までの歌を即座に連想しました。特に、

 「あなたに 女の子の一番 大切な ものをあげるわ
  誰でも 一度だけ 経験するのよ 誘惑の甘い罠?」

 という『ひと夏の経験』の歌詞ですね。

 当時、多くのインタビュアーが「一番大切なものって、何ですか?!!」という質問を百恵ちゃんに浴びせかけました。

 山口百恵 「青い性」 路線...
 私にはその記憶が鮮明に残っていましたので、複雑な思いを抱いて、この曲を受け入れたぞな。

 山口百恵がそれで売れ始まったのですから、石川ひとみだって悪いはずはない。って、キャラが違うけど。


 何といっても第一にテンポの良い曲で、観客がノリノリになれる歌ですので、今でしたらたとえば合コン必勝ソングというところかな。
 

     秋が燃える

YouTube コメントの指摘にあるように、ひとみちゃんが歌詞を間違えてしまいました。1:05のあたりからです。

「あなたは 潮の 匂いをさせて...」で、「潮の」を「しあな」と聞こえるような発音をしています。

「あなたは熱く 焼けた素肌に 私のすべてを押しつけてくれた」となるはずの歌詞です。
二番の歌詞と取り違えて「潮」と言いかけて、あっと気がついたのですね。

「お」のところで、「あっ」と思って声を落とし、そのままいってしまおうと、次のことばである「の」を曖昧な発音でフォローして「な」とも「の」とも聞こえるようにして、全体をぼかしたようです。歌詞の間違いは、そのまま続けるのが原則です。おそらく、反射的にリカバリーしたのでしょうね。

 「しあの」ではミスが目立ちますが、「si a na」ですと、聴きようによっては軽いタッチで「潮の」と言っているように聞こえます。舌足らずの発音に近く聞こえるでしょうね。
 舌足らずの石川ひとみは太田裕美に似すぎてしまうけど、まいっか、と。

 このフレーズを歌っている間、ひっちゃんの目の瞬(まばた)きが集中して増えているのが分かるかな。
 歌手石川ひとみ、心の中ではしまった!と思っているのでしょうね。

 でも、ステージやスタジオでは、ファンの皆さんは歌詞に注意を払ってなどいませんし、声援や拍手で細かいところは聞こえませんので、誰も気づく人はいませんけどね。

 でも、ひとみちゃんって嘘がつけない、演技ができない人だなというのが見えて、微笑ましいです。しかし立ち直りは早くて、次のフレーズで軌道修正してからは瞬きがなくなります。多分、歌い終わってカメラがパンフォーカスした後で、首を左にかしげ肩をすくめる仕草をしたのではないかな。


 テレビ写りとしては、石川ひとみちゃんはまだ、すこし太めかも。でも、このくらいが健康的だね。

 ところで、この『秋が燃える』の歌詞は、下手するとキワモノになってしまいます。

 実は石野真子と同じ平尾昌晃歌謡スクールから1978年にデビューしている畑中葉子が、1980年つまりこの年に『後から前から』をリリースして、相当に話題というか物議というか、センセーションを起こしているのダ。

 畑中葉子の『カナダからの手紙』(1978年)は、大ヒットして、その年に紅白に出場しているので、78年デビューの3人(石野真子、石川ひとみ、畑中)の中では、トップランナーだったわけです。
 私も、黛ジュンに似た情のこもった畑中葉子の声に惚れて、レコードを買いました。

 その畑中葉子が、日活ロマンポルノの女優として同名の映画の主演を演じ、主題歌を歌ったのが『後から前から』です。この歌と映画で、葉子は昼の番組に出られなくなりました。

 『秋が燃える』の歌詞は『後から前から』と同様のキワモノっぽさがあるね。
 ただ、畑中葉子の場合はタイトルがズバリであること、女優として日活ロマンポルノに出て世間の耳目を一身に浴びたために、石川ひとみの歌など多少なりとも罪が少ないように見える、ということだね。

 畑中葉子には『もっと動いて』という歌もありますが、『秋が燃える』の歌詞と比べていかほどの差があるというのだろうか。
 「もっともっと、もっともっと」と、「まだよ、まだよ、まだよ いかないで」と、五十歩百歩じゃないかな。

 多分何も知らないで歌っているであろうひとみちゃんが、ノリノリで楽しそうに歌っているのが印象深い。


 問題となる歌詞の部分は、
「ああ、つよく目を閉じ、貝殻を割り、私を変えてと 抱かれた海辺」

 何なのこれ?ということです。
 若い人は、気にならないかもしれませんが、どうなのという感じだね。

 岡田冨美子さん得意の、言外に匂わせる表現なのだけど、この場合、貝というのは女性の秘所を暗示している、と。

 「カイ」という言葉は語源的には「開」という語から来ており、その意味を引き継いでいるのですよ。
 開は左右の扉をあけるという象形文字であり、貝殻もまた左右のあわせを開け閉めするからね。

 昔、開高健が芥川賞を受賞した時に、選考委員・吉行淳之介が「君の名は、ぼぼ高 健(ぼぼだか・たけし)ということだな。ぼぼが高くて、健やかである、というの大いにはよろしい」とか、言ったそうです。
 さすがの開高も、口をあんぐり、だったとか。吉行淳之介、鋭い突っ込みだね。

 貝を割るというと、ガシャッと割るイメージを思い浮かべるかもしれませんが、そうではなくカイワレ・ダイコンを思い浮かべて下さい。

 あの、種の殻を破って双葉が開いた状態を、カイワレ(貝割れ)というのです。
 ですから、この歌詞でいえば躰を開くという意象を持っている、わけだね。

 ムラサキイガイの仲間で、「にたり貝」という貝があります。
 語源は「似たり貝」で、それを見た男は、思わず「ニタリ」とするそうな。
 写真のように貝殻が開いた状態を、貝が割れる、と。

 下衆な男は、寿司屋などで赤貝をよく、この下ネタにします。熟女の貝だと。
 それで、若い女は蛤(はまぐり)だとか、水槽に張り付いたアワビも、下ネタに結びつけられます。

 このような、下卑たじじいの下ネタをアイドル石川ひとみの歌詞の中に枕詞(まくらことば)として入れて、「あっ、まだよ、まだよ、いかないで」と歌わせるなんて、プロデューサーに恥を知れ!と言いたいゾ。

 最後は「秋が燃える」と結んでいますが、このはぐらかしは春歌そのものだと言ってよい。
 今では廃れているかと思いますが、男子の学生が酒飲んで歌いました。『春歌
 この手の歌の「オチ」の手法そのものです。

 
 このようなキワモノの歌詞を、清純派のひとみちゃんに歌わせるという、プロデューススタッフの気が知れない。
 岡田冨美子さんのこの手の歌詞は、表の意味が不明で、裏の意味が出過ぎるという点が、春歌なのだと言うほかない。

 ひとみちゃんファンがそういうものを望んでいるとでも考えたのであれば、冗談だろ!としか、言えないな。


 もっとも、ひとみちゃんは最近まで『くるみ割り人形』がどのようなものか知らなかったそうですから、この歌詞も浜辺に転がっている何かの貝殻を想像していたのかもしれません。
(ムラサキイガイは砂浜地帯には生息していない。岩礁や堤防の喫水線で普通に見られる貝だけど)

 そうでなかったら、大勢の前でこんな春歌まがいの歌を平気で歌えるはずがない。
 そもそも、このバラエティー番組のエンディング・テーマにふさわしい歌ではないよね。

 出だしは洒落た歌詞で、リズムも良くて、いいなーと思うと、この歌詞ですから。本当に残念だねェ。
 最後まできちんとした歌詞であったなら、間違いなく良い歌です。

 後になって、その意味を知ったならどれほど恥ずかしく思い出すことか。
 二度と歌いたくないでしょう。


 畑中葉子が『後から前から』でマスコミの攻勢を一手に受けたために、結果としてそれが防波堤のようになって石川ひとみにまで好奇の目が注がれなかったのではないかな。
 身代わり地蔵様、ありがとうございました、と感謝したいほどです。

 それは、つまりナベプロの馬鹿げた話題作り戦術が空振りに終わり、畑中葉子陣営に一蹴される結果に終わった、ということを意味している。

 八丈島から家族と上京した畑中葉子は、重く背負うものがあったから、自分を犠牲にしても稼がねばならなかった事情があった。好き好んでやっているわけではないからねェ。

 私に言わせれば、畑中葉子はドストエフスキーの『罪と罰』でラスコールニコフの魂を救済するソーニャなのですよ。元々は純情な田舎娘でしたけど、重く背負うものがあってまみれ系の歌を歌った。

 徹底した聖と穢れをあわせ持つソーニャではないですか。「もっともっと」...小気味良い歌です。


 それにしても、ひとみちゃん、変な話題にされなくて良かったです。
 「つよく目を閉じ、貝殻を割り...」って、どういう意味ですか?と芸能記者に追い回されたら、イメージダウンだよね。

 答えようがない。まあ、裏の意味まで知らされていないだろうし...。
 注文を出した坪野隆や、作詞者は当然、オナペット指令を出した渡辺晋は分かっているわけですけど。


 山口百恵が『青い果実』を出したのは14歳、『ひと夏の経験』は15歳ですから、
 彼女が「まごころです!」って、事務所が用意した模範解答をオウム返しに言えば、それで通り、
 文字通りイノセント(罪がない)でありえた。

 この記者会見、私も見ていたけど。中学生ですから、教育的配慮という社会規範に守られている。


 けれども、もうすぐ20になるひとみちゃんの場合、微妙というか危険なプロモーションだよね。

 「アサヒ芸能」の記者にインタビューされたように、「それで、あなたはバージンについて、どう思いますか?」とか...。「貝殻を割る、って、どういう意味ですか?」とか、、、
 こういうのを、単独インタビューではなく、記者会見の代表質問でやられたら、まずいです。

 
 言葉への感受性があまり鋭くない人には、おもしろがる人もいますが、プロダクションの的確な石川ひとみプロデュース戦略が欠落していいる、と言っておきたいね。

 『クルミ割り人形』、『ハート通信』、『ミスファイン』の系統のアイドル・イメージをまた・またぶち壊し、していると思うけどね。

 歌のセグメンテーションが両極端すぎて、ファン層が分散してしまう。
 要するに、ターゲティングができていない。そういう発想がないのだから。

 
 石野真子や松田聖子のイメージ戦略が一貫していたのとは対照的です。
 なんでこんなことになるのか?
 そこには、ナベシンの思惑があるわけです。

 キャンディーズの穴を埋めるために、渡辺晋がマネジャー連中に「なにがんでも、彼女をオナペット・ガールにしろ!」と大号令をかけたのがこの年のことだった。

 ひとみちゃんは、伊藤蘭のようなコケッティシュなタイプではなく、スーちゃんを可愛らしくしたタイプだと思います。「忍耐」を座右の書にするような、まっすぐな人ですから。

 中間管理職の立場にいるプロデューサー関係者は、逆らえなかったということですかね。

 せっかくいい曲なのに、変な歌になってしまってもったいないな。

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