『まちぶせ』 歌詞解釈

 ニューミュージック系の荒井由実が書いたこの歌詞には、従来の作詞家の歌詞のような隠喩(暗喩、メタファー)はほとんど見られず、それに代わるものとして視線に同化したようなカメラアイの描写がある。

 メタファーは抽象絵画であり、受け手の想像力を喚起することで成り立つものといってよい。
 ニューミュージック系のディテールを重ねた表現は具象画であり、その分イメージはハッキリしている。

 この歌の歌詞も、読んで字のごとしなのだけれども、二重視点の変換があるために、多少分かりにくい部分があり、その変換の意味を考えておく必要があるように思う。
 詩的表現では、メタファーが転換のスイッチングを担っている。その切り替えを理解するためには、行間を読むといわれるように喩の意味を探るプロセスが求められる。

 けれども、メタファーを用いていないこの歌詞のような場合、対象と表現者との距離感の違い、たとえて言えばカメラアイの焦点距離の違いを見ていかないといけない、ということになる。

 これまで、岡田冨美子的メタファーとか、三浦徳子的隠喩というものを取り上げてきたわけだけど、荒井由実の場合は独特の距離感という形で取り上げる必要がある、ということだね。二重視点の変換を見誤ってはいけないよ、と。

machibuse2.gif一番の歌詞は、映画のカメラアイそのものと言ってよい。

 詩的暗喩を用いずに、終始対象を描写しつつ、内面的な独白をする、というスタイル。

 そして、まだ付き合っていない顔見知りの好きな人を「あなた」と呼ぶ距離感の喪失に顕れる関係幻想。

 この歌詞を読んで、私はヌーヴォー・ロマンの代表的作家アラン・ロブ=グリエ(Alain Robbe-Grillet/フランス)を思い出す。

 ヌーヴォー・ロマンは従来の小説の決まり事を取り払って、

ロブ=グリエ「客観的な事物描写の徹底」
 ...カメラアイ
サロート...「意識の流れ」の描写
ビュトール...「二人称小説」
 ...のような実験的な小説を試みている。

 荒井由実自身はヌーヴォー・ロマンまでは意識しなかったと思うが、少なくともアラン・ロブ=グリエの映画 「去年マリエンバートで」 (1961)、あるいは『嫉妬』/『覗くひと』を見るか、読んだかしているのかと思うな。

『嫉妬』(白井浩司訳/ 1959年)新潮社
『覗くひと』(望月芳郎訳/1966年)冬樹社
映画「去年マリエンバートで」(1961)...監督アラン・レネ。ヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を受賞


 『まちぶせ』の歌詞を追ってみると、あたかも映画のワンシーンのようにカメラアイが喫茶店をとらえ、ズームインして談話する二人にピントが合わせられる。
 このシーンが延々と続き、モノローグで「あの子が急になぜか、きれいになったのは...」という意識の流れが開示されていく。

 まさに、『嫉妬』/『覗くひと』を映画化すればこうなるであろうか、という描写だと思う。

 そこで、はじめに述べたように焦点距離の違いを見ていきましょう。

 最初の二行は、文字通りカメラアイ、つまり導入部ですね。荒井由実が三木聖子から聞いた話を最初にセッティングして、ロングショットでとらえています。
 そのことは「見覚えあるふたり」という表現に表れている。距離感のある言い方だよね。

 私が見ているのであれば、「あ?あの二人!」という感じになるのでしょうけど、まあ他に適当な言い回しが見つからなかった、と解釈してもいいのですけど...


 ところが、次の二行ではグッとズームアップして、私が見ている、という肉眼の視点になっています。荒井由実という作詞者の視点から、三木聖子という当事者視点に変わり、感情移入がなされていくというプロセスがある。

 特徴的なのは、彼の相手の女性を「あの娘」と三人称で呼び、まだ私と付き合ってもいない彼を「あなた」と呼ぶ女性的心性です。

 ここも、歌の歌詞という制約があるために「あなた」と表現せざるを得ないという問題もあるのですが、もう一つは恋をした女の関係幻想性の表れである、と深読みすることができる。

 恋をしている女はある種の心的無法状態...これを狂気と言ってよいのか、分かりませんが正気の沙汰ではない状態になりますね。最近は、男でもこういう人間が多くなっていますけど...。

 詩人の田村隆一に言わせれば「ホルモンで動いている」と。
 感情と理性が強く結びついている女性は、恋愛状態になると情動で行動し、情動でものを考える度合いが強い。

 まだ付き合ってもいない男に対して、こころ密かに「あなた」と呼んで、意識の中ではすっかり恋人気分になっている、ということがあるようです。

 私も中学生の頃、そのようなラブレターを送られてきて、その名前の人が誰か分からないという経験があります。ところが、手紙の内容はだんだんうち解けた話しぶりになっていき、もうずいぶん付き合ってきた仲みたいになっていくのです。一切返事を書いていないにもかかわらず、ですよ。

 ですから、荒井由実のこの詞は、私的には「なるほどね」と、よく分かる気がする。

 ただし、荒井由実はヌーヴォー・ロマンの「二人称記述」までは意識しておらず、女性的心性を表したものが、結果としてヌーヴォー・ロマンの「二人称記述」風になっているという見方ができる。
 それとは対照的に、彼女に対しては「あの娘」というように、明瞭な距離感の違いを出している。

 ただし、「あなた」というのは、字数に限りがある歌詞の制限による選択であり、「あの娘」というのは女の子たちには一般的になってきている呼称なのだ、という日常的な言葉としての解釈も可能なのだけどもね。

 詩的表現は、そのような日常的な言葉使いを拒否したところから始まるので、歌詞と詩とが分かれる出発点にある問題に過ぎないのですけれど。


 そして、三列目でこの曲のハイライト部となる。

     好きだったのよ あなた 胸の奥でずっと
     もうすぐ わたし きっと あなたをふりむかせる


 これは、今はやりの「肉食系女子と草食系男子」という感じですけれど、当時の歌としてはけっこう大胆なものだと思う。
 「あの人の目にとまりたい」レベルの行動が女性的慎ましさ、という規範が残っていた時代でしたので、「きっと、あなたを振り向かせる」という歌詞は新時代の女、荒井由実だから書けたといって良い。

 現在の女性は、好きな人にはあっさりと好きと言ってしまうのが大多数のようですので、何のインパクトもないのかもしれませんけど。

 そして、起承転結の最後は、

     気のないそぶりして 仲間に加わった
     テーブルをはさんで あなたを熱く見た


 この部分は、大変に微妙な問題を含んでいるので、読み誤らないようにしたいと思う。

 基本的には、三木聖子の話を過不足なく記述したもの、という前提があります。
 そこに、荒井由実の表現が加味されている、という二重の視点がかぶさっていますね。

 ことばの意味性からみると、子どもっぽいずるさでさりげなく仲間に加わり、彼女の目を盗んであなたを熱く見る、という狂気のような危うさ、だね。

 けれども表現としては、「...加わっ、...見」というように、並列に並べて淡々としているな、ということですね。「加わっ、熱く見た」という、感情を積み上げる直列の表現としていない、ことに注意して下さい。

 些細な違いのようですけれど、これは荒井由実の持つ、独特の距離感なのだといって良いかと思う。
 三木聖子に焦点を合わせれば、文字通り狂気的なものの自己表現になるのですけれど、作詞者はそこに距離感を入れて、その狂気的な心情を『まちぶせ』という歌詞で表現しているのですよ、というスタンスを見せている、と。


 まあ、普通の人は「それがどうしたの」という感想しか持たないでしょうけれど、実はそのささいな違いはこの歌詞全体の解釈を大きく左右するキーポイントなのだ、ということなのですね。

 その違いが分からない浅薄な解釈をする人は、「これはストーカーの歌で、怖いよね...」という話になってしまう。

 しかし、荒井由実が表す距離感は、これはストーカー的心情を表現した歌詞ではあるけれど、(無自覚な)ストーカそのものの歌詞ではないよという醒めた眼差しを示し得ている、ということです。

 さらにいえば、大人の荒井由実が、肉食系女子の感性を時代に先駆けて表明した、ある種の軽い遊び感覚を含んだ表現、というものも感じられる。

 いずれにしても、どっぷりとある種の感情に浸った表現ではない、というのが荒井由実が表現者として優れた資質なのだといって良い。


 それはどういうものなのか、ということについては、長くなりすぎましたので稿を分けて述べてみたいと思う。

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