石川ひとみ 「メモリー」

 ミュージカル「キャッツ」で、多くの人の耳目を集めた曲。
 石川ひとみが歌えばこうなる、ということでしょうか。

「メモリー」 (1984/1/21) 原詩:T.S.Eliot、作曲:Lloyd Webber
日本語詞:浅利慶太、編曲:山川恵津子
 石川ひとみはこの頃英会話を勉強中だそうで、英語の歌により本格的に取り組もうと考えていたのでしょう。

 英語の歌と、浅利慶太訳の歌と、両方をリリースしています。英語版の方はLP【best_Memories】 (1984.03.03)に収録されていますので、別のカテゴリーで取り上げたいと思います。





        「メモリー」

     メモリー あおぎ見て月を
     思い出をたどり 歩いてゆけば
     出逢えるわ 幸せの姿に
     新しい命に

     メモリー 月明かりの中
     美しく去った 過ぎし日を思う
     忘れない その幸せの日々
     思い出よ 還れ(かえれ)


 何度見ても、ひとみちゃん、これは痩せすぎだって。
 そればっかり気になってしまうのだけどね。

 髪型も、少しウエーブをかけて、次のアモーレスタイルへのシフトの過渡期のような感じがします。
 化粧の感じも、明らかに変化を見せています。

 この妖精ふうなドレスもアイドル・ドレスというよりも、大人っぽく仕上げていますね。
 この変化と、『メモリー』の歌詞からみて、石川ひとみは何かを決断しているな、という予兆のようなものをどうしても私は感じます。


 T.S.Eliot の原詩のようですが、エリオットの長大な「荒れ地」は西脇順三郎の訳で苦労して読んだ記憶がありますが、第二次世界大戦後の荒廃した世界を象徴性豊かに表現したものです。

 けれども、翻訳されたこの歌詞には原詞の意味性はほとんど投影されておらず、別個の詩であると考えるべきでしょう。

 この歌に対する石川ひとみの思い入れは、『恋』のそれとはまた違っていて、歌詞を解釈して表現するというふうではなく、自分の内的なものを歌詞に託して歌い上げているという感じがします。

 言い換えれば、外発的なモチベーションではなく、内発的なモチベーションで歌い上げている、と。
 それは、この歌詞が過去の思い出をテーマにしているからだと、単純に考えても構わないのですが、それだけではなく歌手石川ひとみの内面で、何かが変わりつつあるのだなというものを感じる。

 それがどういうことかは、その後のプロセスを見ていくしかないのでしょう。

 ひとつ、言えることは画像を見ていても分かりますが、聴いている人たちと熱唱しているひとみちゃんとの間には見えない壁というか、微妙な距離感があるような感じだね。

 どこか石川ひとみ、孤独感が漂っているような感じがするな。
 

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