石川ひとみ 「右向け右」(1)

  石川ひとみ「右向け右」 (1978/5/25) 作詞:三浦徳子、作曲:宮川泰 編曲:竜崎孝路

 ひとみちゃんのデビュー曲です。
 歌詞は大人の女の世界を得意とする三浦徳子さん。作曲は御大宮川泰。
 実績・ネームバリューも申し分ない強力コンビです。
 デビュー曲というのは歌手のファースト・インプレッションを決定づけるものですので、重要です。
 

プロデュース&プロモーション

 宮川が得意とする軽快な曲はノリが良く、高音域の伸びが良い新人歌手石川ひとみの良いところを引き出しています。

 しかし、歌詞の内容は高校を卒業したばかりの石川ひとみちゃんには大人び過ぎているように思う。

 この『右向け右』の歌詞は、25歳の歌手にならふさわしい内容です。
 であれば、曲作りも全然違ったじっくり聴かせる系のモノになっていたでしょう。

 しかしそうするととうてい18歳の石川ひとみにふさわしくない。
 そこで、宮川は軽快でノリの良い曲調にして、歌詞のシビアな印象を薄めるような曲作りを目指したのではないか。

 あるいは逆に、宮川の軽快な曲に、三浦徳子がシビアな歌詞を滑り込ませたのかもしれない。

 どのような意図があって、わざわざこのような「歌手と歌詞と曲と」のミスマッチをやったのか、という疑問を感じるデビュー曲でした。
 この不自然さに、ナベプロの「新人歌手石川ひとみ」プロデュース戦略が見えています。
 この問題を的確に把握するためには、石川ひとみがデビューしたその時代背景を見ていかないと、片手落ちになるでしょう。

 以下、何回かに分けて、少し詳しく見ていきましょう。
 はじめにデビュー曲とセカンドアルバムを私なりに解釈し、寸評しておきたいと思います。


 『右向け右』
...このような歌詞は、社会経験や男性経験をある程度重ねた女性でないと書けないものです。
 三浦さんの得意な世界ですね。
 
・去っていく彼を追っちゃいけない
・ここまできた二人なら、今更どうにもならないわ
・そんなに信じられなきゃ、さっさと消えればいいでしょう

 こんな歌詞が歌える、似つかわしい歌手っていえば『プレイバックパート2』の頃の山口百恵さんしか思い浮かびません。
 女性の年齢で言えば、25歳以上の歌手が歌うと良い。

 ロシアの箴言に、

「20歳(はたち)までの女は自分を殺す(耐える)、
 25歳までは自分と相手を殺す、
 25過ぎの女は相手だけ殺す」

...というのがあります。

 あっ、これはあくまでもロシアのお話ですから、ムキにならずに...

 このような醒めた視点を持つ大人の歌を、18歳の愛くるしいひとみちゃんに、しかもファーストインプレッションを決定づけるデビュー曲として歌わせるのか?!

 どう考えても、ミスマッチの感は免れません。

 その辺を三浦は分かっているようで、シビアな歌詞の最後に、

 「なぜなの?本気だった気持ち、振り向いて!」

 ...という、取って付けたような、あるいは取り繕うような、それまでの歌詞の流れから浮いた一節を加えて、いささか強引に「少女の熱い思いの歌」に偽装しているとしか言えません。
 ちょっと、無理があります。

 歌詞全体の流れにコーポレイトアイデンティティー(一貫したイメージ)がないですね。
 私に言わせれば、もっと年上の歌手に作った歌を彼女向けにリメイクした、かのような不自然な感じがします。

 このような、複雑怪奇なモードを持つ歌を、18歳の石川ひとみちゃんはどう歌ったのか?



 何も考えていない、と言ったら多くのひとみファンの皆様におしかりを受けるかもしれません。

 あるいは、シビアな内容の、神経が毛羽立つような、一つ間違えれば越路吹雪が退廃的に、または100歩譲って研ナオコがアンニュイに(けだるい気分で)歌っていいくらいの曲を、新人歌手石川ひとみとしては、あえて明るく元気に歌い上げた、と。

 これはナベプロのプロデューサーの指示があって、ひとみちゃんがそう歌っているわけです。
 それで、プロデューサーは何を考えているのかと言えば、アンバランスの危うさあるいはミスマッチの意外性がもたらす魅力といったものですね。

 プロデューサーの大輪茂男は石川ひとみは並のアイドルとは別格だと思い、最初からアイドルを超えたスーバーアイドルとして、格の違いを印象づけようとしたようだ。それが「一ひねり路線」ということになる。

 このイメージが石川ひとみちゃんのファーストインプレッションとしてファンの心に、あたかも潜在意識のように明確にそれと意識しないまでも植え付けられたでしょうね。

 けれどもプロデュースで意図しているものを、ファンがすんなりと理解し受け止めているかといえば、かなり疑問がある。
 かわいらしさ抜群の石川ひとみが、このような内容の曲を歌うことを、ファンは期待していなかった。
 その点では、大輪茂男の意図は当たったのだけれども、ファンはそれをアンバランスの魅力とは受け止めなかった。売り上げ1万5千枚、オリコン66位という数字がそれを物語っていると思う。


 歌手石川ひとみは『右向け右』を本当に、明るくさわやかに、そしていじらしく歌い上げています。

 しかし、この歌は本質的に自立した大人の歌です。しかも、

 「諦めるには、少し、愛しすぎたみたいです」と、

 演歌的な女の未練まで織り込んでいる。

 演歌歌手であるなら、それもありでしょう。しかし、決してアイドルの歌ではない。

 20歳位のファン層の、それも男の子は精神的には同年齢の女の子より未熟ですから、この歌詞をまともに聴いたらタジタジとなるはずです。
 30男であっても、「さっさと、消えればいいでしょう!」と言われたら、うなだれてしまうかも。

 そして、もう一言付け加えるなら、腰骨に手をあてて腰を左右に振る振り付け!これは外国の女性歌手に見られることが多いのですが、自信にあふれた強い女を演出しています。
 それと、まあドレスなのでいいのですが、セクシーさをも強調する仕草となりますので、アイドルの振り付けとしては違和感があります。

 前回、私は石川ひとみちゃんのファーストインプレッションを「まるで妖精のよう」だと評しましたが、この年(1978)に、写真集が出ているのですね。

 石川ひとみ写真集 『妖精の旅立ち』...このタイトルは悪くないですね。

 誰が見ても「妖精」を思い浮かべる清楚な美しさがありましたから、ストレートでいいです。
 そのイメージ作りをして写真集を出している一方で、「さっさと消えればいいでしょう」といいながら「演歌的な女の未練」を織り込んだ曲をデビュー曲にしているわけです。


 写真集「妖精の旅立ち」と、『右向け右』との乖離(かいり)は、それも意図したことであればかなり手が込んでいますし、写真担当と音楽担当プロデューサーが違うのだとすればナベプロの戦略的なものが欠落していたということになるでしょう。

 いずれにしても、石川ひとみのデビューは、明確なイメージを打ち出すのではなく、昔のカメラのピント合わせである二重像合致式のごとく、二つの像を合致させることなくそのままポンと提示して見せた、という印象がある。

 ファンを不安定状態にさせておいて、次の展開に興味をつなごうという意図かもしれませんが、そういう小手先の演出はマンネリ化した歌手のイメチェンにでもやるべきで、本物のスーパーアイドルだと考えるなら正攻法でいくべきだと思います。

 石川ひとみは、一ひねり加えないと売れそうもない歌手ではないでしょう。

 そして、誰よりも石川ひとみちゃん自身が、自分の曲作りに自分らしさが表されていないことを、こころ密かに感じていたのではないでしょうか?

 一五一会版「右向け右」を聴いてみると、まるで全然別な曲のように、ひとみさん歌っています。
 そうだろうな、と納得します。

 それでは、石川ひとみのデビューはどんな曲が良かったのか?
 ...と問われれば、私ならまずこの曲です。

    『きみは輝いて天使に見えた』

   できるなら、いつまでも
   こころの片隅に、少女の気持ち忘れずに
   ぼくは、それだけを願う

 アイドルのファンって、これと同じような気持ちを抱いていますね。
 「少女」というのが、キーワードです。妖精は少女でなければいけない。
 さらにいえば、男と愛憎劇をしていても、いけない。

 この歌はテンポが良いし、歌詞とひとみちゃんの可愛さがぴったりで、ガンバレひとみ!っていう気持ちになります。天野さんは良い詩を書きます。

 あえて女の子の歌詞ではなく、年上の彼から見た「大人になりつつある女の子」を描いています。
 可愛いひとみちゃんに「ボク」と言わせて、男の子にも女の子にも好感が持たれることをねらっているのでしょうか。とてもさわやかで、気持ちが良い曲です。

 if というのはありませんけども、もしこの曲でデビューしていたら、石川ひとみの応援歌として、どのコンサートでもエンディングにこの曲の大合唱になったのではないか...


 本来的に、初々しくて無垢なデビュー曲が、終わりかけ冷めかけて、どうにもならないと分かっているお姉様的な未練をつづった曲だったことは、アイドル石川ひとみファンとしてはちょっと退いてしまうものがありますね。

 アイドル「ひっちゃん」は応援したいけど、この曲に対してはガンバレ!という気にはならない。

 ファンとしては、ね。
 自分たちに向かって、愛を告白してくれるような、そのような純愛歌が欲しい。
 ひとみちゃんのように、ずば抜けた可愛さがあふれている人には、特に。

 それが、「もうすでに誰かと男女関係にあって、別れの未練を歌う」というイメージの歌詞を歌っていたら、ちょっとちょっと、ガッカリというか、熱くなれないし、「のれない」な。

 それが、大多数のファンの受け止め方ではないかと思う。

 1978年頃の若者は、今の子たちよりも女性に対して距離があったし夢を抱いていたように思う。
 (なにしろ、不純異性交遊罪などという法律で取り締まられた時代ですから)

 ともかく、この曲は曲の内容とひとみちゃんのイメージのギャップが、ちょっとちょっとだった。
 唯一の救いは、ひとみちゃんが明るく元気で可愛い、ということだけ。
 それが、この歌のミスマッチの感じを覆い消してくれていたのですが...

 このファーストインプレッションは、呪縛のように石川ひとみの歌を左右することになります。

 たぐいまれなアイドル性を持っていた石川ひとみちゃんのデビュー曲は、残念なことにボタンの掛け違いのようなちぐはぐさをもって発車した。


 「右向け右」 歌詞解釈(2) に続く

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