石川ひとみ 「まちぶせ」に至るまでの軌跡

 『まちぶせ』に入る前に、おさらいの意味で歌手石川ひとみのレコード発売年譜を分類したものをご紹介しておきます。シングル曲を一覧にして、属性で分類してみますと、まさに「まちぶせ」ブレイクまで、試行錯誤の3年間だったのだなと思います。

 結論を先に言いますと、「いろいろやっても売れなかった」のではなく、「あれこれやりすぎて売れなかった」ということだと思う。
 

 この表はは、私が参照用にと思いつくままに分類しましたので、ムリっぽいところもあるかと思う。

 あえてセグメンテーションに分けたのは、ひとみちゃんのプロデュースは失敗が多いのではないかということを、明らかにするためです。振り子のように、左右にぶれている、というものが明示されているはずだ。

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 私の意図するところは、伝わるかと思います。

 アイドル歌手の草分けである南沙織さん、山口百恵さん、岩崎宏美さんなど、アイドルは当然若くて・ひたむきで・可愛いというアイドルのジャンルから出るわけです。

 実力派の歌手として売るのは、人気を確立した後に様々に挑戦していけば良いことです。

 南沙織 『17才
 「誰もいない海 ふたりの愛を 確かめたくて あなたの腕を すり抜けてみたの」

 山口百恵 『としごろ
 「日に焼けた あなたの胸に 目を閉じて もたれてみたい  ...わけもなく 泣き出す私です」

 岩崎宏美 『二重唱 (デュエット)』、『ロマンス
 「あなたのため 心をみな 見せてあげたいと 今、切ないほどに 私は思う...」
 「あなたお願いよ そばにいて欲しい あなたが 好きなんです」

 松田聖子 『裸足の季節』『青い珊瑚礁』『赤いスイートピー
 「あなたと会うたびに すべてを忘れてしまうの はしゃいだ わたしは Little Girl...あなたが好き」
 「I will follow you. あなたと 同じ青春 走ってゆきたいの」 

 みんな、「友達以上、恋人未満」という微妙な時期の純愛を、「あなた」に向けて、歌い上げている、というアイドルの王道を走ってますね。
 聴いているファンは、「自分」に向かって、愛を告白してくれているように、どっぷりと歌に浸かれます。


 そこで、ひとみちゃんの歌を分類してみますと、ほとんど軸がぶれっぱなし、という感じです。

 「左に 行く 追っちゃいけない」
 ...どこの馬の骨か分からない男(ファンの嫉妬です)との愛憎劇には、応援したくない。
 歌の内容は無視して、ひとみちゃんだけ、応援したい。


 実力派として売り出そうとしているのに、アイドルとしてのファンの支持の方が大きいという食い違いが見えますね。

 
 この辺が、ファンの気持ちを素早く察して、それに見事に応えることができた松田聖子との違いではないでしょうか。
 そういう意味では、松田聖子はファン目線のマーケティング感性を持っていたといえますね。

 それに加えて、体型・体重・化粧・衣装・髪型も含めたイメージ戦略を徹底的に守ったプロとしての根性がすごいです。


 それに対して、歌手石川ひとみは、好きな歌を思い切り歌えればそれで幸せというアマチュアっぽいところを捨てずにいた、ということですね。
 まあ、そこがナチュラルなひとみちゃんの魅力でもあったわけですが、太りすぎはちょっと、、だね。


 新人歌手をいきなり実力派として、年齢不相応な歌を歌わせるには、ひとみちゃんが可愛すぎてムリがあるでしょうね。
 それをやってのけたのは美空ひばりしかいない。


 少女的かわいさが自分のネック(大人の歌が似合わない)になった、とひとみちゃんは贅沢な悩みを感じていましたね。

 アイドルとしては売れずに、演歌に転向して4年目の1977年に『津軽海峡冬景色』でブレイクした石川さゆりさんの道もありましたけど、その選択はなかったようです。事務所の先輩、あの森進一だってスクールメイツでバックダンスをやっていたのだけどねェ。

 いずれにせよ、三浦徳子さんの歌詞はシビアな大人の女の歌詞ですから、18の子には向かない。
 『くるみ割り人形』は思い切り少女向けにしたけれども、極端に未熟な少女の世界となってしまった。

 それでも、「くるみ割り人形」はひとみちゃんのヒット曲としてはNo.2の売り上げを獲得していますので、この線で地固めをするべきだったのでしょうね。


 ところが、『ひとりぼっちのサーカス』では、「お人形イメージ」をぶちこわし、決定的に売れなかったことから、石野真子ちゃんの『オオカミなんて怖くない』(作詞阿久悠/作曲吉田拓郎/ジャケット撮影篠山紀信)を大成功させた拓郎の歌を採用するわけです。




石川ひとみ 『ハート通信』 (1979/8/2)
作詞:松本隆、作曲:吉田拓郎、編曲:馬飼野康二


 アグネスチャンの歌のカバーだそうです。彼女の歌としてはふさわしいのかと思いますが、石川ひとみのこれまでのアクのある4曲の路線に押し込むと、松本隆のこの歌詞はサッパリしすぎていて、レコードを聴いているだけでは何か物足りない。

 しかし、ステージでのひっちゃんはパワフルで、歌も上手いし、笑顔もいい。この曲を石川ひとみのベストソングに推す人が多いですね。曲は拓郎節で、良い曲だよね。




 この曲を好きだという人も結構いますね。アイドルっぽさが前面に出ています。
 しかし、この二つの曲は、先に出た『あざやかな微笑』と『ひとりぼっちのサーカス』と対極にあるもので、好みが分かれてしまう結果となったのではないでしょうか。

 とくに、『ひとりぼっちのサーカス』の世界からすると、モグラが地上に飛び出してしまったか、というほどの明暗を感じるはずです。

動画でも分かりますように、ノリノリになって応援しているファン層がいます。『くるみ割り人形』派のファンの方だと思います。英語の歌詞の部分は、透き通ったきれいな声に驚くほどです。

 「ひとりぼっちのサーカス」で見せた中低音の深く響き、細やかな表現をするのと対照的な、少女っぽさが残る張りのある高音。どちらも素敵ですよ。

 歌手石川ひとみが持つこの声の領域の広さと歌唱力が、これ一筋というものを見いだせないでいる、という気がします。
 それが何であれ、大成する人には「コケの一念」という、これ一筋というものがあります。

 これまで、4曲中3つまでもアクのある、大人の女の歌を歌ってきているので、この期に及んでアイドル系のさわやかな曲を歌ってもイノセント(罪がない、無垢)ではありえないと、私などは感じてしまうわけですけど、そういう経緯を知らないファンは無邪気にノリノリになれるかな。

 ひとみちゃん本来のの明るさとかわいさが、諸々のことをカバーしているのかな。だから、可愛いいのは得なのよォ。大人の歌が似合わないと悩んだけれども、B※※※に生まれたなら歌手になりたくともなれないのだからね...。


 それと、このアイドル系では少し先にデビューしていた石野真子がトップアイドルとしての地位を得て、紅白にも連続して出場しているね。彼女は歌のうまさではなく、親しみやすい性格と明るさを全面に出してキャラ立ちをなしとげています。こちらの方が、ナベシンが説く「となりの」真子ちゃん、というものを具現しているかな。

 二人のデビュー前後の年譜を比較してみますと、両者のプロダクションの戦略的な優劣がはっきりするだろう。

 ☆石野真子

1977年(昭和52年) 日本テレビ系オーディション番組『スター誕生!』に合格。(高校2年)
1978年3月25日 デビュー 『狼なんか怖くない』(高校卒業)
     3月27日 デビュー2日目、フジテレビ系列『夜のヒットスタジオ』に異例の出演

 ☆石川ひとみ
1977年(昭和52年) フジテレビ系オーディション番組「君こそスターだ!」でグランドチャンピオン。(高校2年)
1978年3月、高校卒業後上京、     5月25日 デビュー 『右向け右』

 驚くほど接近した経歴ですね。でも、中身はずいぶん違うように思う。

 デビュー前の石野真子に目をつけていたバーニング・プロダクションは、まる1年かけて彼女のデビュー戦略を練りに練って、「スタ誕」の真子ちゃんを、満を持してデビューさせています。

 業界としては、当然「君スタ」のチャンピオンとして図抜けた歌唱力を持つ石川ひとみの出現は、強力なライバルとして意識せざるを得ない。石川ひとみはナベプロの音楽学校から送り出されているので、当然、ナベプロ帝国に入ることになるわけですから。


 さしもの大勢力を誇ったナベプロですが、この頃には大物歌手の独立や、幹部社員の離反などがあり、内部的には相当にガタがきていたようです。芸能界もまた、ホリプロやバーニング、ジャニーズ事務所などが台頭してきて、ナベプロに風当たりが強まってくる。

 大所帯であったナベプロは、小回りがきかないし、きめ細かなデビュー準備がバーニングほどにはできない。石川ひとみが高校卒業を待ってから、わずか2ヶ月でデビューさせた。


 ところが、バーニングの方は、石野真子を高校2年が終了するとすぐに堀越に転校させて、レッスンを行い、太りすぎのダイエットをさせてスタイルも修正をし、石川ひとみよりも2ヶ月早くデビューさせていいる。
 それだけではなく、「夜のヒットスタジオ」に前代未聞の早さで出演させた、ノダ。

 あくまでも私の推測にすぎないのですが、 ナベプロ帝国の石川ひとみが登場する前に、周回遅れにしてしまうほどのリードを先取して、陣地を確保してしまおう、という競合戦略がバーニングにはあったのではないかと思うね。

 モノであれ、人であれ、競合を調べ上げて差別化戦略を練り上げるのは、プロモーションや商売の鉄則ですから。

 張り子の虎になりつつあったナベプロですが、他の事務所からすれば戦艦大和級の偉容を感じていたと思います。>

 そして、それが現実に功を奏していますね。キャラがはっきりしている石野真子は、ファンが根強くまとまっています。

 
 それに対して、「アイドル石川ひとみ」としては何かで差別化していかねばならない。天然系のキャラは真子ちゃんと一緒ですので、やはり歌唱力で勝負したいわけです。

 その歌唱力の世界では、山口百恵さんが、1977年『秋桜』、78年『いい日旅立ち』、79年『しなやかに歌って』、80年『さよならの向こう側』と大ヒットを連発していた。これらの歌は、分類すればニュートラルな、男性にも女性にも受け入れられる曲だと思います。

 さすがに、新人歌手が女王百恵の牙城に切り込んでいくわけにもいかないでしょう。
 ところが、石川ひとみ後年の『パープルミステリー』や『アモーレ』などは、明らかに山口百恵路線ではないかな。


 実は、はじめに掲げたアイドルデビューで、唯一ヒットしなかったのが百恵ちゃんでした。
 そこで、ホリプロはスパッとプロデュース戦略を切り替えて、「青い性」路線に突き進んだ。
 それで、次に送り出したのが『青い果実』。
 この路線を突っ走って、やがて『ひと夏の経験』の大ヒットを生む。

 山口百恵には、どこか薄幸の少女的イメージが不思議と似合うので、青い性路線がはまったのだと思います。それも、14才ですから、罪がない。

 「残酷なことを、あっけらかんと口にしても、意味が分かっていなくて罪がない」というのが、少女の特権なのだと思う。性に関してもね。

 この山口百恵が切り開いた、そして大人路線にシフトしていった後の空白であった青い性路線は、歌手石野真子には走れない路線です。

 歌手石川ひとみ陣営としてはこの線をねらったのかもしれませんけれども、18、19歳となれば微妙な年齢で、イノセントとは言えないグレーゾーンです。下手すると、演歌的になってしまう。
 事実、石川ひとみの「大人の女系の歌」に演歌的匂いを感じるファンは少なくないですね。


 しかし、ひとみちゃんは明るすぎ、可愛すぎます。上のアイドルの動画を見て比較すれば、ひとみちゃんが類まれなアイドルの素質を持っていることが納得できるはず。誰よりも輝いている。

 大人の女の歌を歌うのはずーーーーーーーと後でいい。


 キャラとはその人らしさを明示するCI(コーポレイト・アイデンテティー)だと言いましたが、もう一つ「陣地取り」という面もあることは前回述べたとおりです。マーケティング用語で言えば、ポジショニング。

 81年の紅白歌合戦で、石川ひとみちゃんは深いピンク色のドレスで『まちぶせ』を歌いました。
 この歌の基本的なシンボルカラーである黄色ではありません。


 何故かというと、他の先輩が着ているドレスと同じ系統の似通った衣装を着てはいけないという、暗黙の掟があるからです。それぞれが個性を主張し合う芸能界ですので、陣地取りはシビアなものがあります。
 リハーサルの時まで、先輩たちがどんなドレスを着るのか分からないので、数種類用意するそうですが、万が一先輩と同種の色のドレスしかなかったりすると、もう若手は失神しそうになるらしいです。

 私はNHKの国民的行事だという紅白歌合戦を一度も観たことがありませんので、はっきりしませんが、81年の紅白で、黄色のドレスを着ていたのは河合奈保子(1963年生まれ)かな?
 河合奈保子は1980年6月1日デビュー。2枚目のシングル「ヤング・ボーイ」が19万枚の大ヒットを出し、紅白では「スマイル・フォー・ミー」で初出場。トップバッターをつとめているようです。

 黄色いアイドル・ドレスのイメージは、後輩ながら先に大ヒットを出した河合奈保子ちゃんに奪われてしまった、というところかな。


 そういう世界ですから、どのようなポジショニングを見いだすかは死活問題といってよい。同じようなキャラではまずいわけです。
 わずか2ヶ月のデビュー時期の違いでも、先を越されて、陣地にフラッグを立てられてしまえば、遠慮しないといけない。


 そのような意味で、ひとみちゃんの場合、自分の拠って立つべき陣地ができていないのですね。

 ですから、この分類表に見られるように、あれこれやって何が良いのか見いだそうとしたのかもしれません。それというのも、歌がうまいためにどんな歌でも「それなりに」こなしてしまうからですね。可能性がありすぎて、絞りきれなかったと言って良いでしょう。


 しかし、これはどつぼにはまったスタッフたちの業界バカの壁という、盲目状態が引き起こした五里霧中の状態でしかないのかと思う。はっきり言って、石川ひとみにふさわしいスタッフに恵まれなかった、というべきでしょう。

 岡目八目で言わせて頂くと、路線選びはそれほど迷うほどのものはないはずです。競合を意識するあまり、差別化だけに目がいって、石川ひとみが「もっとも伸びて行きたがっているもの」を大切に育むことを脇に置いてしまったのだと思わざるを得ないね。

 「ひとみの木綿のハンカチーフ」を聴いてみると、この路線で1、2年思う存分歌ってみれば良かったのにな、と思う。
 岩崎宏美の『デュエット』のような歌い上げる系統ですね。
 他の歌手には見られない妖精的可愛さがありますので、アイドルとしての王道をまず走るべきでしょう。


 松田敏江先生の秘蔵っ子だった宏美ちゃんに歌唱力で勝負するのは得策ではありませんが、『くるみ割り人形』は、もはや当時の岩崎宏美には歌えません。競合しない。

 ただし、感情移入という面では石川ひとみの個性なのでしょうが、悲しい歌も明るく歌って、重々しい歌詞はサラリと歌う。
 しかしそれで通ってしまうという感じで、なりきれない不徹底さのような性格的な部分があるかな。

 石野真子がテレビドラマに出て、次第に感情移入や表現がうまくなっていったのに対して、ひとみちゃんは演技に没入できないタイプ人だったかと思う。

 彼女は「私は不器用だから、歌しかできない。」とおっしゃっていますが、まあ、それが彼女の良いところでもあるかと思います。

 女優になれば良かったのに、という声がありますが、女優向きでないことは自他ともに認めるところですね。


 歌手石川ひとみには岩崎宏美にはないビジュアル的に優れた要素がありますので、この路線がベストではないのかな?

 岩崎宏美は75年のデビュー以来、81年の『すみれ色の涙』まで一貫して純愛路線を崩していない。
 宏美ファンの方は、別ブログの「ていすとオブFavorite 」をチェックしてみて下さい


 こうして、確固とした自分のキャラを立てられていない歌手石川ひとみの19歳・20歳は悩みの年として幕が下りていく...。

 雌伏の時代を辿ってみました。

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