Ishikawa Hitomi "Nagori Yuki" Part2

 石川ひとみ『なごり雪』 from [ With -the best of 一五一会 ] 
 作詞・作曲:伊勢 正三 (原曲:1974年 「かぐや姫」の『三階建の詩』収録)
 歌い継がれる歌の『なごり雪』をひとみさんが歌います。イルカの歌のイメージを壊すことなく、歌手が石川ひとみというのが本当にうれしいところです。


前回の『長そでのカーディガン』も、Part1がなくなってしまって、本文のない注記だけみたいな記事でしたが、今回はしっぽもない。



 「なごり雪」は男の目線で書かれた歌詞ですから、『長そでのカーディガン』と対にすると、イイかもしれないね。

 曲を作った伊勢正三には、以前取り上げた「22才の別れ」がありますが、この「なごり雪」はもっと若い高校生の卒業の歌なのでしょう。

 意味的にいくと、高校を卒業した女の子が東京を離れるという状況はあまり一般的なことではなく、昔から違和感を感じていたのですが、チェックしてみると伊勢正三の郷里である大分県津久見市がそもそもの舞台だということで納得しました。

 駅まで見送りに行くということは少しだけ友達以上ですけれど、恋人未満の若い二人、どちらかが上京したとしても残された方には寂しさがある。
 上京する方は同じ寂しさを感じているにせよ、これから始まるであろう大都会の新しい生活に胸をふくらませる想いも同居している。

 これが22才の別れなら、後を追って合流するくらいのことは考えられるけど、恋人未満である18の春ではそういうところまではいかない。淡い恋心の終わりをなごり雪に託すだけ。

 地元を離れて都会に出て行くひとは、大なり小なりそのような経験があるから、共感する人が多いのかと思う。

 (翌年にリリースされた太田裕美 『木綿のハンカチーフ』 (作詞:松本隆1975年12月21日)は、おなじモチーフをふくらませて、男女の相聞歌という形でまとめ上げて、男性・女性からの支持を受けたことはご存じの通りです)

 この歌では、ローカル色を払拭してメジャーな歌として成立させるために場を東京にしたことで、そのような本来は個別的であるこころの風景を普遍化することに成功していますが、表現としての繊細なリアリティーを失っています。
 それを、東京出身のイルカが繊細な歌唱力で、本来の感情風景をすくい取ることによって大ヒットになっていったのだろうか。


 そのような成立事情を知らなかった私はずっとこの歌に、意味的な違和感を感じていたのですね。
 私も郷里を離れて上京した人間の一人ですが、驚いたことにクラスの男子はほとんどが地方出身者で、女の子たちはほとんどが東京出身なのですね。

 私たち田舎者は東京の女の子たちの華やかなところに圧倒され、女の子たちは地方出身者に野性的なものを感じて惹かれる、というところがあったようですね。
 それで、卒業を迎えると男たちは郷里のエリートコースにUターン。頭はすでに出世コースに向かっていってしまっている。
 女の子たちはそれとなく、「もうすぐクニに帰ってしまうのね?」と、男の気持ちを探ってみる。開かれた大都会育ちの彼女たちが、見知らぬ閉鎖的な田舎まで追っかけていくことは、ほとんどあり得ないから。

 そういう経験しか知らない私には、東京を離れて郷里に帰る女の子というイメージがリアルにならなかったわけです。

「いま春が来て きみは きれいになった」...芽生え始めた恋心をはっきりと意識し始めたぼく。

 学校を卒業して郷里に帰るという「きみ」を、私なら引き留めるね。郷里に、長くつきあってきた恋人がいるといっても引き止めるでしょう。

 けれども、彼女が東京などの大都会に行くというなら、止めないと思う。やりたいこともあるだろうし、何よりも可能性が開ける、将来がある。そして自分もまた、都会にいくという選択をとるでしょう。

 とるはずだと思う。相手が石川ひとみ(級の美少女)なら、絶対!勝負だ...

 けれども、男というのは高嶺の花というのは別世界の存在だと、達観しているところがあるからね。


 相手が石川ひとみちゃんのようにかわいくて美人だったら、上のフレーズですね、これを引かれ者の小唄のように、誰もいなくなった駅のホームで小声で口ずさんで涙を流すのがオチでしょう。

 それがごく普通の行動なのだと。何も言えず一人になってから泣くことが、実は男らしい行動なのだね。
 女の場合は、自分が愛していても引き止めてくれない男よりは、さほど熱い気持ちを抱いていなくても自分を愛してくれている男の方を選ぶことがほとんどだといってよい。

 「津久見」を「東京」と言い換えただけで、歌の世界全体の意味がガラリと変わってしまうのだ。


 それにしても、『長そでのカーディガン』と『なごり雪』を石川ひとみくんが歌う。
 すばらしい新年聴き始めです。

 またまた、ひとみワールドに引き込まれそうになって、あわてて物寂しい房総の海方面に去っていくのであった。

コメント(4)

小林さんこんちは。
先日は早速にご返信頂きありがとうございます。
お言葉に甘えて気軽に投稿させて頂きます。

石川ひとみさんの「なごり雪」いいですね。
「With みんなの一五一会?フォークソング編」は昨年CDを購入しお気に入りです。とても良いCDなのですが、出来ればもっと賑やかな楽器に囲まれた石川ひとみさんの歌唱も聞きたいですが。

「なごり雪」が1974年、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」が1975年ですか、切ない歌が受けいれられた良い時期ですね。
伊勢正三さんが創り、太田裕美さんが歌った曲の「君と歩いた青春」1976年(私は中学生)の3曲まとめて「君と僕、故郷と都会の三部曲」と思っています。

「現在リリースされている曲ですので一曲全部をアップしてはまずい」
このことで再度言わせて下さい。石川ひとみさんの過去のCDを再発売して欲しい!曲と歌詞がDL出来る形式で充分ですから。

その昔石川ひとみさんが新曲「夢番地一丁目」をテレビで歌っている場面を偶然見ました。ラジオでも聞かれなくなり、「くるみ割り人形」を繰り返し聞いていた頃です。

「夢番地一丁目」はリズムも良く、「あっいい曲」と思ったものです、でも曲が進むにしたがい、「ここで夢が始まり、ここで夢が終わった」や
「私は今でもあの日に生きていたい・・」等、何か引退記念曲の様に感じ、非常に焦った記憶があります。
結局当時の私がとった行動は「EP2枚購入」です。思春期の的外れな義務感だと今では苦笑できるのですが、当時は真剣だったと思います。

中古やレンタルでは応援している気にならないのです。当時私には理解できなかった曲も(「秋が燃える」だけは今でも理解出来ません。)
今なら楽しめます。

今も歌い続ける石川ひとみさんの曲は過去の曲とは思いません。
簡単に購入出来るようになれば良いと切に思います。

 z400fx さん、率先して投稿いただきありがとう。

 太田裕美「君と歩いた青春」1976年、私は知りませんでした。三部作ですか…松田聖子の「赤いスイートピー」の<あなたと同じ青春歩いて行きたい>という歌詞を連想するタイトルですね。

 私は自分の年譜を作って記事を書くときの記憶の補助にしているのですけれど、前年に卒業して、この年は西新宿の高層ビルの上の方で仕事をしていた時期ですね。
 地震があって、建物がものすごく揺れたことを想い出しました。

 「夢番地一丁目」は、おっしゃるとおりですね。物寂しさを感じる。
 ノスタルジーをテーマにしていますから、しょうがないかと思いますけれど。
 昨日書いた下書き記事で、山上路夫「人形が見てる」と「長そでのカーディガン」に見られる男女の感性の違いを取り上げているのですが、山上は女性の心情を良く理解しているけれども、最後の一線は極めて男性的な思想を持っていて譲らないところがあるかと思います。

 初期の頃の大村雅朗の編曲のように、華やかで迫力のあるバックミュージックも忘れられないところですけど、一五一会版『右向け右』は石川ひとみという歌手が達成した至高点にある歌唱だと思います。
 講演会などで、楽器伴奏なしで歌う、という姿勢には感動を覚えます。それが歌謡の原点なのだと。

 でも、時々テレビなどに出てフルオケで『くるみ割り人形』歌ってほしいですね。

 今後は、曲のダウンロード販売のスタイルのように、一部だけを視聴できる形式ならイイかなと思いまして、現行バージョンの曲もどんどん紹介していこうかなと思います。

 ただし、作詞者が石川ひとみさんですから、ファンという束縛があり、評論として岡田さんや三浦さんの歌詞のようには踏み込んでいくことはできません。

 ファンに限らず、世の中のひとは、というか日本人のメンタリズムではものの本質にズバリ切り込んでシビアに見ることは好まないように思えます。それが、大衆音楽の前提としてあるかのようです。
 その辺のジレンマも、記事を書かない理由かなと思いますね。

 

小林さんこんにちは。今回も早速のご返信ありがとうございます。
そしてごめんなさい。
前回の投稿で私は意識的に間違えました。

違うのです。「三部曲」が。

「なごり雪」「君と歩いた青春」と「赤いハイヒール」(太田裕美さん・1976年)なのです。

そもそもが、当時手持の数少ないレコード内の曲を組み合わせ、勝手な題名を付けてカセットテープを作って楽しんでいた時期があります。

その時並べた順番が「赤いハイヒール」「君と歩いた青春」「なごり雪」なのです。

「木綿のハンカチーフ」だと「僕」が都会に来てしまい、話が合わないのです。

当時このようなカセットテープを何本か作ったのですが、この「三部曲」を入れたのを思い出してみます。

1.「くるみ割り人形」当時作ったテープのスタート曲はこの曲が多かったと思います。
2.曲名が思い出せません。イルカさんの「何もせずに部屋の中で唯一人、1日は何て短いのだろう・・・」という曲だったと思います。
3.?4.?5.が三部曲です。
6.「三枚の写真」今思うと、松本隆さんの詩が好きだったようです。ちなみに「三枚の写真」もカバーであることを当時知りませんでした。
7.「哀しい妖精」(南沙織さん・1976年)今調べて知りました。この詞も松本隆さんなのですね。
8.「夏の感情」(南沙織さん・1974年)石川ひとみさんが「能動的セクシー路線」を歌ってくれるならこの路線を聞きたかったです。
9.「セシルの部屋」不思議な曲でした、この曲を歌う石川ひとみさんには「凛とする」の基準を示して貰ったように思います。
10.当初作った時は「青春に恥じないように」(南沙織さん・1976年)で同じ曲順で「マリー」(石川ひとみさん・1981年)で作ったこともあります。多分私の心境の変化だと思います。

以上です。この時期石川ひとみさんのファンになりたてで(今第2期です)純粋無垢ではっきりとした印象を持てる「くるみ割り人形」と、翳り夢想的な印象の「セシルの部屋」この大好きな2曲を物語のように手持のレコードで繋ごうとした記憶があります。

「ものの本質にズバリ切り込んでシビアに見ることは好まないように思えます。」先日頂いたご返信のこの文章で、先日投稿した私の意識的な間違えが気になり反省を込め再度投稿します。

小林さんが書かれる「ものの本質にズバリ切り込んでシビアに見る」ことを私の印象では最初から好まないのではなく、好まなくなってきたと思っています。それは最初にビジネスの世界から始まったと思います。モノやサービスの価値が高いレベルで画一され差別性では選択の基準にならなくなった頃、残る価格競争という落とし所に行き着くまで、極力相手側の言葉(感情)をそのまま受け、落とし所以外で新たな話題を起こさない様注意するようになりました。(おっしゃるとおり・ごもっとも、のビジネス会話です。)

B(ビジネス)対Bの場合は効率化に寄与しますが、それがB対C(カスタマー)今ではC対Cでも注意を払っている段階から不文律になってきていると思います。

私の子供が聞いている音楽がたまに聞こえてきますが、「君は悪くない・・」「君はオンリーワン・・」「傷つかないで・・」等々、詞の主題が「聞いて頂くあなたは被害者」だからこの曲聴いて「癒されて」(私はこの言葉が嫌いです)が多いように思います。

そればっかりじゃあるまい。

甘い飴玉から酸っぱいもの(ものの本質)や辛いもの(ズバリ切り込む)、苦いもの(シビアに見る)も理解でき、好きになっていくことが成長だと思います。

小林さんの書かれた文章で「木綿のハンカチーフ」とあったので新たな曲名を出すことを避けました(新たな話題を避けました。)すいません。

「大衆音楽の前提としてあるかのよう」小林さんは大衆音楽の前提であってはならない。と書かれていると読みます。

今「大衆音楽」が少ないと思います。それは「ものの本質にズバリ切り込んでシビアに見ることを大衆音楽が止めたほうが(売れそうだから)。」と始めたことが、甘い飴玉・癒しを主題にする作品が目立ち、結局その分野を衰退させたように思います。

それは「大衆音楽」のみならず、同系統他分野の衰退不振の原因にもなっていると思います。趣味性の高い分野はデフレ・人口減少の影響は少ないはずです。

小林さんの書く、「Feelin' 石川ひとみ」の文章は「ものの本質にズバリ切り込んでシビアに見ている」から読み応えがあるのです。

「ものの本質にズバリ切り込んでシビアに見た結果の言葉」を愛嬌のある言葉・表現に置き換えた小林さんの文章を、読み手は(私は)その意味する事を感じとる。

楽しいことです。

今後も長く今のスタンスをお続け下さい。

応援しています。

今回も長文になり申し訳ありません。もっと簡潔に書けるよう努力します。

 z400fx さん。カセットテープで、自分好みの構成をして楽しむということ、私もやっていましたけれど、いってみれば創造的に聴いていたということですね。つまり、自分がディレクターになって、ストーリーや構成を考え、再構築する。
 今はどうなのかな、と思います。息子たちはiPod などにCD曲を入れていますけれど、mp3なら1000曲も入る容量があるせいなのか、何でもかんでもぶち込んでいる。

 ほとんど消費者・受容者としての意識しか持っていないようです。

 それで、癒し系の流行とか、ね。
 年末に、コラボをやっている伊藤画伯と御徒町界隈で飲みながら話をしていて、「そんなに癒されたいのかねえ」と画伯が声を荒げたのを想い出します。

 絵画であれ、音楽であれ、詩であれ、「癒される」というのは副次的な結果でしかありません。そもそもが、他人に奉仕するために、表現行為というものがあるわけではないからですね。

 自分が自分の人生を切り開いていく(苦闘の)その軌跡が、他者の共感を呼ぶというのが本筋ですから、最初から癒しというトレンドに乗って作られた実質空疎な癒し系の歌に「癒される」ということは、実にeasy なことだと。

 私はいつも、トルストイの『アンナ・カレーニナ』の冒頭の文章、「幸福な家庭はどこでも似通っているが、不幸な家庭というのはみなそれぞれだ」という言葉を想い出します。

 美術評論家の故・坂崎乙郎が「視るとは何か」という本で、セザンヌの二つの絵を比較して、「幸福な状態から生まれる作品はただそれだけであるが、苦闘から生まれる作品は非常に複雑な陰影を持っている」ということを書いていますけれど、そういうことなんだよねーという感慨を抱いたりします。

 読みが深いz400fx さんは、私のいいたいことをご理解されると思いますけれど、この部分はわかりやすく翻訳しないで下さい。「あのヤロー、そういうことを言うか!」と盲目的なファンが怒り出しますから。

 それにしても、EP二枚買いというのは、同じレコードをWで買うということでしょう?
 じぶんも、なんとか石川ひとみさんを支援したいという…
 
 そうなんですよ。でもFECという会社はほとんど商売っ気がないようで、以前私も「With the Best of 一五一会」を注文したところ、なしのつぶてでして…。
 注文が届いたかどうか、確認したところ、黙って(メッセージもなく)品物だけが郵送されてきました。

 永井豪のマンガの主人公、家早南友(いやはや  なんとも)君になってしまったのだ。
 

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