再『三枚の写真』

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 この「三枚の写真」がなぜ観念的であるかと言えば、
 構成の面からみると緻密に構成が考えられており、
 ことばの表現からみると、その構想を力業で成立させるために意味的な喩が多用され、像的なイメジが希薄、
 現実との照応においては理念(理想)の方が上位に置かれている
 ...ということになるかと思います。

  観念的なのは男性性の特質ですから、それが悪いわけではありません。

 私は女性の詩をほとんど読みませんが、合評みたいな時は否応なしに読まねばいけない。
 ほとんどの方が、女性独特の皮膚感覚的な「発話者=作者で、自分の感情=直情的抒情」である表現をします。

 「三枚の写真」の2番ですけれど、彼のこころが冷えているのを感じている時期に、
 「目をそらさずに 好きって言える」と、現実に言ったとしたら、愁嘆場になるかと思います。
 演歌的な、どろどろした男女の感情的なせめぎ合いになって、
 その後は、典型的な腐れ縁以外の何物でもなくなってくるかと思われるわけですね。

 ところが、この歌詞では「冷たいねって 涙おとした」と、さらりと流しているわけです。
 愁嘆場にはしない。
 一つには、演歌的表現を嫌う、から。大衆の底辺的現実からは確実に遊離あるいは上昇させている。
 二つめは、愁嘆場にしてしまえば、3番の別れが鮮やかに成立しなくなるから。


 ここには、女性の側からみた皮膚感覚的なものはスパッと切り落とされており、
 男にとって理想的な別れが見いだされるだけです。
 大多数の男ってヤツは、こういうふうに別れられたらいいな、と思うはずです。

 ところが、現実にはこんなふうにはいかない。
 人目をはばからず、女性が男に取りすがって泣く光景を数多く見てきました。

 別ブログで由紀さおりの『手紙』について書きましたけれど、なかにし礼は「自立した女性が好きだ」と言っていました。(別ブログは閉鎖しました)

 この「三枚の写真」では、そういうことはテーマになっていませんけれど、
 男にとって望ましい女性像を描いているのは変わりがない、と私は思います。


 17歳の秋に早くも別れ(浮気?)を予感していながら、最終的に 別れを決断したのは20歳の春というのは、いくら長すぎた春といっても、間延びしすぎですね。
  2年半もの間、この女性は何をしていたのでしょう。3番が「18の頃、あなたは20歳」でけりをつける詞ならばそう不自然な印象にはなりませんが。
 
 おそらく三木聖子さんがレコーディング当時、20歳の誕生日を迎えたばかりだったということがスタッフの念頭にあって、オチをつけるところでは彼女の年齢を「20歳」に設定してほしい、という注文がなされた可能性もあると見ています。
 
 それならば1番を「17の頃、あなたは19...」でスタートさせる手もあったはずですが、さすがの松本さんもそこまでは気がつかなかったのでしょう。


 女性の側に焦点を当てて考えれば、そういうこともあるかと思います。

 私の見立てでは、作者と作中の「私」がイコールでないのと同様、歌手と歌詞の「私」はイコールではない、というのが表現の前提ですね。

 谷川俊太郎の詩の一節に

   たとえぼくは悲しいと書いてあっても
   そのときぼくが悲しかったわけじゃないのをぼくは知っている


 ...というのがあります。

 表現されたものは、それが全てである、というわけです。
 この歌は、タイムラグに表現の意図があるのだといいました。

 以前の記事で取り上げたのは、「あなた」である彼が22歳になって、どのような世界の広がりに対峙しているのかを重点的に取り上げています。

 学園青春を謳歌する世界から、容赦なく厳しい仕事の世界・社会人としての世界が彼の前に重く立ち現れてきているのだ、と。

 ですから、前に書いたように、「私」の年齢移行と、「あなた」の年齢移行を両方見ていくことによって、同じ青春を歩むことができなかった理由が浮き彫りにされてくれはずです。


 決して松本さんはこの部分を無意識に書いてはいません。
 芭蕉が意味のない「てにおは」ひとつの使い方でも、歌が生きもし死にもすることを論じています。
 表現者はその重要性を十分理解していますので、歌詞の中のどの言葉ひとつを取り上げても、作者の表現意識に検証されているものです。

 「あなたはなぜ、詩を書くのか」、という問いは「あなたは、なぜ生きているのか」という問いと同じだ、と谷川は書いています。

 一言半句といえども、作者は表現者としての命を賭けて書いているのです。
(谷川さんは呼吸したり、食事をするのと詩を書くことが同列だと、言っているのですけど)

 私のように晩酌をやりながら、ラジオでプロ野球中継に気をとられ、酔っ払っていい加減なことを書き散らしているのは、実に良くないのですね。


 「シングル曲ベストオーダー」は、まさに「にわか雨」が棚晒しで出す機会を失したなということを書くだけで良かったのです。

 それで、私はCDやレコードを直接聴くことはなく、PCに取り込んで聴きますから、それを自分好みの順番に配列して聴けばこうなるかな、ということですね。それ以上の意味はありません。

 すでにプロデュースされてあるものしかないわけですから、自分がプロデュースするとしたらということが成り立たない。部分(的なシングル曲)を集めても全体とはならないのは初めから明らかですからね。
 あれを読まれた方は、こいつ酔っ払ってるな...と思われることでしょう。
 酔っ払いの戯言、それが正解ですね。


 酔っ払って歌謡曲を聴くと、とたんに自分が音楽を聴いていた懐メロの世界にどっぷりとなってしまう、ということで「テイストおぶ Favorite 」というページを作ったわけです。
 元々は、そちらのページがメインで、「まちぶせ」もその中の記事のひとつだったのですね。


 それで、今は削除した「e-BOOK作成講座」というブログで、カテゴリーキラーサイトの作り方の見本として、ファンサイトのたくさんあった石川ひとみさんのカテゴリーキラーサイトを作って、グーグル検索でトップページ表示をやってみせる、ということでした。

 そこで、歌詞というキーワードを意識して使っていないことを分析して発見し、歌詞をキーワードに多用して「曲名+歌詞」というグーグル検索では、どのページもトップページ表示という結果を実際にやって見せたわけです。1ヶ月がんばれば、できますよ、と実証しました。

 現在は元のサイトもやめてしまいましたので、記事を書いてもグーグルにPINGを送らないし、アクセス解析もまったくやりません。
 記事を書かないブログは、どんどんランクが下がってしまうわけですが、いまは全然気にしていないわけです。


 問題があった場合だけ、どこかのページにあるように詳細なデータを取りだすだけですね。
 あそこのコメント狂さんが言っているような、「過去の幻想と、ひとみ愛の妄想にひたっている」ということは、まったくの的外れなのです。

 以前のページには表示してあったのですが、私は「表現としての石川ひとみ」を考察しているのであって、他の作詞家が書いている歌詞を解釈してもあるむなしさを感じるわけです。
 ほとんど知的好奇心で読むだけであり、作詞者の他の歌詞までひろげて読む熱意は起きてきません。
 歌謡曲の歌詞を読んで、自分にプラスになることは何もないからです。

 今の現代詩は言葉の意味性から辿れるものはほとんどありません。
 1965年に書かれた天沢退二郎とか鈴木志郎康のこういう詩ならば、よっしゃ解読するぞ、という闘志が湧く。

 ページの中程にリンク線で青く表示されたアドビPDFの詩があります。
 「三枚の写真」の歌詞と、現代詩を比べれば、全然違うなということがお分かりいただけるかと思います。

 天沢の詩に続けて吉本隆明の短い詩を付け足していますが、若干補足をしておきますと、
    読まれる恥ずかしさから
    逃れるために


 読まれるという意味は、意味性(=散文的)の理解で読まれる、ということでしょうか。
 要するに、大衆意識レベルで読まれるということになる。

 吉本の考えでは、自分の内面的世界が外部世界に接触するとき、ある軋みや違和を感じる。そのとき詩の言葉が生まれてくる。
 その軋みの意味を検討し、論理的に明確にしていくことが大事なのだと。

 この過程は庶民の生活意識から背離し、孤立していく過程である。だが、こうして論理化された内部から逆に外部世界へ相わたるとき、はじめて、外部世界を論理化する欲求が生じなければならぬ。

 自分の庶民感からの背離感を、社会的な現実を変革する欲求として、社会秩序に向かって投げ返す過程である。
 正当な意味での変革(革命)の課題はこういう過程の他からは生まれないのだ。


 ということです。

 この60年代以降、現代詩はさらに表現が複雑多様になってきます。


 それで、もし石川ひとみさんがシンガー・ソングライターであったならば、歌詞だけではなく曲つくりや歌唱に到るまで、もっと熱心になれたかもしれないと思います。
 

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2010年7月29日 01:33ブログ記事一覧です。

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