『三枚の写真』の映像性

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  何か、取りこぼしていないかチェックしてみたところ、三枚目の写真の意味が不明だということですね。
 これは吉田さんが候補としてあげた成人式を意味していると思います。
 別れを決断したのは20歳の春というのは、いくら長すぎた春といっても、間延びしすぎですね。
2年半もの間、この女性は何をしていたのでしょう。3番が「18の頃、あなたは20歳」でけりをつける詞ならばそう不自然な印象にはなりませんが。

 それに2番には「写真を撮った」ことを匂わせるフレーズは一切ありませんし、3番で自分ひとりだけの写真を撮ることになった動機がよくわかりません。

 成人式、は既に季節はずれですし...短大の卒業式あたりでしょうか。



 この部分ですね、    写真の   /  春に
                 ↓         ↓
              私の成人式   彼の卒業式

 このように、写真と春の間に2ヶ月程度の間があるのかと解釈できます。

 「わたし」と「あなた」の年齢差(=時間が音楽の対位法的に、二重に流れていますので、
 片方だけの理由からは全体がつかめなくなります。

 それで、成人式の写真というのは、いうまでもなく振り袖姿かなんかの華やいだ私がいて、
 彼も祝福してくれて、これで一緒にお酒が飲めるねーなんて、どこぞのレストランでワインで乾杯
 ついでに記念写真でも...

 って、こういうふうにイメージが走りすぎた話の場合、これを書いている筆者はもうすでに、一杯やっているとみてよい。


 それで、彼の方の時間では、卒業と共に「私」と別れるスケジューリングが進んでいるのでしょうね。
 あるいは彼は就職して5月病のあたりの時期なのか...その間に何かが決定的に変わった、と。


 基調...彼は、すでに「私」をかわいい妹のような感覚で見ている。
 解釈1...社会人になって、卒業お別れ(社会派)
 解釈2...彼の同級生の女性がを阻止するために猛アタックして彼は仕留められてしまった(草食系)
 解釈3...就職先のおねー様に大人の女の魅力を感じて、大人の恋に走ってしまった!(肉食系)

 わたしの経験では、1.2.3.どれも可能性が高いです。

 まず2番の状況がやってきて、岩崎裕美の『熱帯魚』みたいな決めセリフをおっしゃって帰らない子が何人か現れます。
 でも聖人君子を通して、眠れない夜をやりすごし朝を迎える。布団は一組しかないのですけど、それはどうでもよい。

 それで、解釈1に落ち着く。

 そして晴れて社会人、制服をバリッと着こなした颯爽たる先輩女性とか、あるいは同期の女子大出身のニューフェイスとか、
 この年代の男の子は年上の女性に女としての魅力を感じるものですよ。
 同じ年の女性でも、この時期は、男より精神年齢が高いものです。

 でも、多分松本隆的感覚では、きわどい時間差の二股愛乗り換え、
 ...などという無粋なシチュエーションを設定することはないかと思います。

 
 ここは、「あなた」の中で、何かが決定的に変わった、ということだけを押さえておけば、十分でしょう。 
 ですから、「別れを決断したのは20歳の春」なのではなく、「22歳の別れ」なのだと、私は思うなー。
 そうでないと3番の歌詞が成立しない。

 そういう経緯があって、あのまなざしはごくごく自然に、
 写真(成人式の時に撮った一緒の写真)の彼の優しいまなざし、

 ...なのでしょう。


 2番の歌詞に写真を撮る表現はないのですが、
 ひとつの解釈として、単純に字数が制限されていて、より大事な表現を優先したからとも考えられる。

 タイトルに「三枚の写真」とあり、3連の詩ですから、省略してもかまわないし、
 あえて3回も写真という言葉を入れる方がくどいし、平凡になるのです。序・破・急的な乱調に構成美がある。
 これは、年齢が不連続であることも同じ乱調の美意識があると思います。17、18、19とかですと、平凡な並列にしかならない。
 ...けれども、ことはさほど単純ではないようですね。


 そして、私の深読みかもしれないのですが、もう一つの解釈が成り立つような気がします。
 それは、3番の写真ですけども、もっと単純に彼の卒業式を祝って撮った写真ということも考えられます。
 確かに二人で撮った写真ですけれど、あの優しいまなざしをした、(わたしの愛した)彼はいない、と感じるわたし。

 この場合、私ひとりが写っている写真ではないのでしょうね。
 自分ひとりの写真を置いても意味がないはずなので、
 三枚の写真はすべてふたりが写っていなければいけないはず。

 そうなると、また疑問が出てきますね。
 あのまなざしはどの写真なんだ、とか...

 ひとつの解釈は、2番の歌詞では、お互いの写真を撮りあっていて、ふたりの写真がなかった。Oh my ...!
 ...ということはないでしょうね。
 きっと、いろんな写真でアルバムが一杯になるほど撮っているはずですが、それらはみんな1番の写真とシームレスに続いている。
 シームレスではあるけれど、二人の心の有り様は少しずつ温度差が広がっているのでしょう。でも決定的なものではない。


 それに対して、3番の歌詞では、「わたし」の成人式祝いの写真、「あなた」の卒業式祝いの写真、と続くのではないでしょうか。
 これは、すこしイレギュラーで、強引な解釈ではないかと思われるかもしれませんが、そうでもないようです。

 写真の意味と歌の意図を付き合わせてみると、重要な節目としては、
 「わたし」の成人式「あなた」の卒業式は等価であり、優劣つけがたい意味の重さを含んでいます。対位的に同列ですね。

 乱調の美意識からすれば、3番の歌詞に2枚の写真が来てもいっこうにかまわないし、それが妙味だとも受け取れる。


 まあ、このようにいろいろな解釈が出てくるあたり、他の作詞家とはひと味違った松本隆の奥深さかもしれないね。
 吉田さんのおっしゃる、松本隆の隠し味が効いているというのは、こういうところかな。

 
 ということで、吉田さんのお考えもけっして間違いとかそういうことではなく、女性の立場からの深い解釈だと思います。
 私は男の考えに偏りすぎているかもしれないし、
 この歌詞の1番と2番で常套的表現が気に入らないということがありますけれど、
 
 これだけ論じることができるということに、松本隆さんのレベルの高さを感じました。

 
 と、ここで曖昧になっていたことが、突然はっきりしました。

 「目をそらしても いいのよあなた」
 ...というのは、もう恋が終わった後の、写真を見ながらの回想と、時制が同じなのでしょう。
 つまり、「わたし」は「あなた」に対して、一度もこのような言葉は投げかけていなかった、と。
 過去の写真に向かって、内面的につぶやいていますが、現実には言ってないのではないか、という解釈もなりたつ。

 ただし1番の歌詞の場合、海辺ではしゃぎながら現実に言葉を発したと考えた方がよいかもしれない。
 けれども、3番では過去の写真に向かってつぶやいている、と考えるのが妥当に思える。
 そう考えると、2番は「目をそらさずに 好きって言える」と尋ねたくともできなかった内語なのだ、と。

 1番のリフレインは「実際の言葉」、
 2番のリフレインは「言いたくとも言えなかった言葉」、
 3番のリフレインは「回想のつぶやき」...という色づけがなされているのでしょう。


 だから、過ぎた月日が 残したものは あゝ三枚の写真だけです とつながっている。
 そう考えれば、このリフレインは無粋で粗雑なセリフではなくなるね。
 1番はさほど罪はないけど、2番の状況ではうざく感じるし、愁嘆場になる、
 ...ということを、作者はわかっている、と。
 
 なるほど、上のように考えてみれば、決して悪くはないね。
 そう解釈することによって、3番の歌詞で、
 「それでも 私は、あなたを愛しているわ」...という裏の意味が明確に成立し、言外ににじみ出てくる。
 コノテーションをはっきりと意識して、言葉を組み立てていると。

 これは、かなり手が込んでいます。
 フーガのように、タイムラグの情景が描かれているのですよ。

 1番は、中学と高校あるいは高校生同士、同じような世界で同じ青春を歩んでいる。
 2番は、高校生と大学生で、彼の世界が変わり、二人の間に断層のようなものが生じはじめる。
 3番は、彼が社会人になっていく時期で、その断層が決定的になってしまう。

 まさに恋のフーガですね。ザ・ピーナッツにずばり「恋のフーガ」という歌がありました。
 あちらは双子の歌の構成として音楽的な意図が強くつくられていますが、
 こちらの恋のフーガは、内容的なものが3枚の写真として、象徴的に作詞されている。


 けれども、ここまで解釈してくれる大衆っていないよ。
 現在なら、インターネットでチェックしてみれば、酔狂なおじさんがウンチク傾けていたりするけど、
 当時、どれだけ理解されていたのか...


 それにしても、だ
 うーん...、でも微妙だね。ふつう、こういう気持ちがどれだけ持続するか、なんだよね。
 この時はそう思った。でも今は、別な恋に夢中で、昔のことは忘れたわ、
 というのが女性によく見られるパターンですが、どうなのでしょう。
 やはり、これは男の願望をすくい取っている歌詞だと思うけどね。


 私の場合、小学生の時の初恋の女の子が、中学進学で別々になり、
 以来今日まで、心の中に空洞があって、誰によっても埋められないものがあるのを感じます。
 夜中に昔の夢を見て、いいようのない悲しさむなしさを感じることがある。
 彼女のイメージが この子に重なるのです。

hitomi_chu2.jpgたぶん、石川ひとみさんを見るたびに、初恋の感情がよみがえるのだろうと思う。

いいなー、というひたすらそれだけの感情ですね。
愛してるとか好きだという気持ちではないのでしょう。

そういうふうには感じたことはないのです。
ただ、「いいなー」なのです。

このようにいつまでも引きずっているのが男性性の特徴ですけれど、
女性の場合は、感情を吐きだしてしまえば、男のようには引きずらないかと思います。

別れを告げられた(と解釈して)、その相手を「それでも愛してる」(と解釈して)、
...ということが
女性の場合、一般的にありえるのかな、と思うわけです。その辺は、よく分かりません。

私の母が65、6歳の時、母の郷里の青森からひとりの老人が尋ねてきたそうです。
その人は、母が17歳の頃恋愛した男性で、相手は地元の大地主の息子、母は水飲み百姓の娘、ということで無理に別れさせられて、母はむりやり東京に就職させられたそうです。



男はこういうところがあるのでしょう。忘れられなくて、はるばる探してきた。

 でも、三木聖子さんはいざしらず、
 石川ひとみさんの場合は男っぽいから(←いつのまにか...)
 ずっと忘れないでいてくれる、と。

 そう主張してくれる女性がいないと、バカな男は救われないよネー。石川ひとみ、いいナー。

 まあ、石川ひとみファンの大半は男性だと思いますので、この歌詞の意味が解れば、もっと売れてもよかったはずだねぇ。
 

 今日はプロ野球交流戦もなく、まともに思考が持続しました。


 【コメント】

 自分の記事に自分でコメントを入れてしまいました。

 粋だとか無粋だとか古くさい言葉を使って話を進めましたので、伝統的詩歌観の持ち主だと思われたかもしれません。

 現在、そのような詩歌観の人たちと対立していますので、そうでもないのですけどね。

 先ほど丸山圭三郎という言語学者の『言葉・狂気・エロス』という本を読み始めたところ、たいへん共感することが前書きに書いてあり、紹介したくなりました。

 「なぜ私たちは、異なるもろもろの文化や時代における人間の生き方の違いに対しては鋭い感覚をもっても、人間の原本的な特性に対しては奇妙に鈍感なのであろうか。

 現在問われているのは、資本主義か社会主義か、市場経済か計画経済か、生産中心主義か消費中心主義かなどの顕在的対立の底にある汎時的(=時代と地域を越えた)視点からとらえられる人間像なのである。

 汎時的視点とは、決して複数の相対的個別文化(欧米、そロシア、中国、日本、第三世界など)から帰納して普遍的絶対を求めるものではない。

 特定共時文化とその歴史を横断的に重層的なテクストとして読む営みを通して見えてくるものは、私たち一人一人の個体を深層において支配する元型でもなければ、人間の欲望の同一ルートでもなく、むしろその逆に<言葉を話す人><象徴を操り操られる動物>が生きる世界の質的差異と文化の無根拠性である。

 「中略」

 歴史にも人間にも終焉はない。あるものは絶えざる差別化という生の円環運動だけであり、これが停止したときに待っているのは、生の昂揚とはほど遠い動物的死か、狂気なのではあるまいか。」


 「目をそらさずに 好きって言える」という歌詞に違和感を感じる理由をうまく説明してくれていると思います。

 松本隆は欧米映画のセリフみたいなものに新鮮さを感じて、日本の恋歌に取り入れて、それがこの歌詞の新しさとして露出しているわけです。

 この感覚は、方言などに接しても感じる新鮮さで、言葉の感覚としては悪くないのですが、それと同時に、そういうものを使う場合私たちの原本的な特性を十分に考慮しないといけない、ということですね。


 けれども、私はここ数日、自分はまだ本当の考えを出してはいないという思いをずっと持ち続けていました。

 私が書いたことを、根底的にひっくり返す考え方も、私自身が持っているし、さらにそれを根源的に否定する本音を隠している、という感じがします。

 本当のことを言ってはまずいな、ほかの人の言辞まで根源的にノーだと言ってしまうから、ということです。

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2010年7月29日 01:59ブログ記事一覧です。

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