France Gall 『Poupe'e de cire poupe'e de son』(夢見るシャンソン人形)
第10回ユーロビジョン・ソング・コンテスト(1965年/イタリア)でルクセンブルグ代表としてグランプリを獲得。
歌詞そのものは当時世界中に広がりを見せ始めた英語のPOPsやロックンロールに対する、フランス語至上主義派からの衒学趣味的批判が込められた歌、といってよいでしょう。フランス・ギャル自身は裏の意味を深くは考えず歌っていたのかも。
France Gall は本名:イザベル・ジュヌヴィエーヴ・マリ・アンヌ・ギャル(Isabelle Geneviève Marie Anne Gall)/(1947.10.09)フランス、パリ生まれ。
第10回ユーロビジョン・ソング・コンテスト(1965年/イタリア)でルクセンブルグ代表としてグランプリを獲得。
歌詞そのものは当時世界中に広がりを見せ始めた英語のPOPsやロックンロールに対する、フランス語至上主義派からの衒学趣味的批判が込められた歌、といってよいでしょう。フランス・ギャル自身は裏の意味を深くは考えず歌っていたのかも。
France Gall は本名:イザベル・ジュヌヴィエーヴ・マリ・アンヌ・ギャル(Isabelle Geneviève Marie Anne Gall)/(1947.10.09)フランス、パリ生まれ。
作詞/作曲:Serge Gainsbourg
この歌のタイトルの意味については、Wiki のページにウンチクが記されています。
son が掛詞で 『(血が通っていない)蝋人形、(中身空疎な)ぬいぐるみ人形』くらいの意味かな。
なんとも、おフランス的クリティシズムだね。作者のゲンスブールはフランス・ギャルを揶揄しているというよりは、アメリカンポップスがフランス文化に浸入してくることを快く思っていないのでしょう。
フランス伝統のシャンソンは人生の酸いも甘いも経験している大人の歌であり、POPsなんぞはガキの歌や!(何でか関西弁にしたい)という批判を込めて、シルヴィー・バルタンやフランス・ギャルらのPOPs歌手をこのタイトルでレッテルを貼ってしまったわけです。
France Gall という芸名そのものが「おフランスのアイドル」という感じですから、まさに皮肉たっぷりです。
France Gall 自身は、当時そのメタファーの意味までは分からずに、この歌を歌っていたそうです。
当時、わたしは中学生で、この歌を聴くと山の中で野営をしたときの不安感を想い出します。夏休みに友達とサイクリングに出かけたときのこと、丸1日かかって那須の茶臼岳にたどり着きました。
キャンプ場などはなく、山の中にテントを張って寝たのですが、何やら動物が周辺を徘徊している気配が...。
私は持っていたラジオをかけて音楽を流していましたが、大ヒットしていたこの曲の日本語バージョンが何度もかかっていたのを覚えています。下界とつながっているという唯一の手がかりのように感じました。
翌朝、登山をしようとクマザサの山道を歩いていると向こうからツキノワグマがやって来るのを発見。
熊の方はこちらを最初から認識しているようで、驚いた素振りもなく、お互いを避けるように遠巻きにすれ違い無事でした。実は、野営地のすぐ下手にある温泉ホテルに、小熊が捕らえられて檻に入れられており、母グマがその周辺をウロウロしていたようなのです。捕獲直後でしたら、襲われていたかも...
この曲を聴くと、複雑な感情が起こるのは、クマ体験が潜在意識に残っているからかもしれません。
『Ein bisschen Goethe, ein bisschen Bonaparte 』 (1969)
こちらの歌は4、5年後の歌ですけれど、France Gall 若返ってアイドル化してしまったようで、どうなってるのという感じです。たぶん、上の映像の方が後のものなのでしょう。モノクロだから昔の映像というわけでなく、カラーのこの映像の方が古いのでは...。
フランス・ギャルにヒット曲のない時代でしたので、昔ヒットした 『Poupe'e de cire poupe'e de son』を歌った時のものかなと想像します。
下の方は、ドイツの文豪ゲーテとか、フランスの(ナポレオン)ボナパルトとか、手元にドイツ語の辞書が見あたりませんので、意味不明です。ヨーロッパの歌手はマルチリンガルで歌いますので、外国語音痴の日本人にはそれだけですごい、という感じですね。
そして金髪に青い目のアイドル...これらの海外POPsがやがて、J-POPアイドルブームを巻き起こす原動力になっていったわけです。
これまでに紹介してきた海外POPsはすべて日本語訳されて、ザ・ピーナッツや弘田三枝子、中尾ミエ、森山良子などがカバーしています。当時の歌手は、アイドル路線などない時代でしたから、みなさん実力者ぞろいですね。
それで、余計なことかもしれませんが、Wiki の記述にある『Les sucettes』(邦題:アニーとボンボン)のような性的メタファーですね...
作者ゲンスブールははフランス・ギャルの父親の知人だといいますから、日本的な感覚では遠慮して避けるところです。それでも、こういう歌詞を書くというのは、本当は仲が良くなかったのではと想像しがちです。
しかし、自由・平等と民主主義発祥の国フランスでは、個人主義が徹底していますから、批判することは言論の自由、それをお互いが認め合っているわけですね。
まあ、フランス人のことはさておいて、私はこのミニスカートのフランス・ギャルの姿が左の写真に重なって見え、しょうがないのですね。
『くるみ割り人形』のB面に『タイトロープ』とか、『秋が燃える』、あるいはLP 『まちぶせ』に「人形がみてる」が入っているとか、あどけないアイドルに性的イメージをオーバーラップさせるのが共通しています。
久しぶりに『まちぶせ』のコメントをまとめ読みしましたけど、相変わらずのフィーバーで..つられて私もYou are my deeeee_stiny !!!!
...と口走りそうになりました。
妖精の血が流れているとしかいいようのないひとみちゃんですけれど、上のような曲をすでに歌っている、ということを知らないな。
与えられた歌を一所懸命歌っている本人は全く悪くないのですが。
この写真のように、アイドルは遠くからぼんやりと見えていればいいのさ。
ねっ。
この歌のタイトルの意味については、Wiki のページにウンチクが記されています。
son が掛詞で 『(血が通っていない)蝋人形、(中身空疎な)ぬいぐるみ人形』くらいの意味かな。
なんとも、おフランス的クリティシズムだね。作者のゲンスブールはフランス・ギャルを揶揄しているというよりは、アメリカンポップスがフランス文化に浸入してくることを快く思っていないのでしょう。
フランス伝統のシャンソンは人生の酸いも甘いも経験している大人の歌であり、POPsなんぞはガキの歌や!(何でか関西弁にしたい)という批判を込めて、シルヴィー・バルタンやフランス・ギャルらのPOPs歌手をこのタイトルでレッテルを貼ってしまったわけです。
France Gall という芸名そのものが「おフランスのアイドル」という感じですから、まさに皮肉たっぷりです。
France Gall 自身は、当時そのメタファーの意味までは分からずに、この歌を歌っていたそうです。
当時、わたしは中学生で、この歌を聴くと山の中で野営をしたときの不安感を想い出します。夏休みに友達とサイクリングに出かけたときのこと、丸1日かかって那須の茶臼岳にたどり着きました。
キャンプ場などはなく、山の中にテントを張って寝たのですが、何やら動物が周辺を徘徊している気配が...。
私は持っていたラジオをかけて音楽を流していましたが、大ヒットしていたこの曲の日本語バージョンが何度もかかっていたのを覚えています。下界とつながっているという唯一の手がかりのように感じました。
翌朝、登山をしようとクマザサの山道を歩いていると向こうからツキノワグマがやって来るのを発見。
熊の方はこちらを最初から認識しているようで、驚いた素振りもなく、お互いを避けるように遠巻きにすれ違い無事でした。実は、野営地のすぐ下手にある温泉ホテルに、小熊が捕らえられて檻に入れられており、母グマがその周辺をウロウロしていたようなのです。捕獲直後でしたら、襲われていたかも...
この曲を聴くと、複雑な感情が起こるのは、クマ体験が潜在意識に残っているからかもしれません。
『Ein bisschen Goethe, ein bisschen Bonaparte 』 (1969)
こちらの歌は4、5年後の歌ですけれど、France Gall 若返ってアイドル化してしまったようで、どうなってるのという感じです。たぶん、上の映像の方が後のものなのでしょう。モノクロだから昔の映像というわけでなく、カラーのこの映像の方が古いのでは...。
フランス・ギャルにヒット曲のない時代でしたので、昔ヒットした 『Poupe'e de cire poupe'e de son』を歌った時のものかなと想像します。
下の方は、ドイツの文豪ゲーテとか、フランスの(ナポレオン)ボナパルトとか、手元にドイツ語の辞書が見あたりませんので、意味不明です。ヨーロッパの歌手はマルチリンガルで歌いますので、外国語音痴の日本人にはそれだけですごい、という感じですね。
そして金髪に青い目のアイドル...これらの海外POPsがやがて、J-POPアイドルブームを巻き起こす原動力になっていったわけです。
これまでに紹介してきた海外POPsはすべて日本語訳されて、ザ・ピーナッツや弘田三枝子、中尾ミエ、森山良子などがカバーしています。当時の歌手は、アイドル路線などない時代でしたから、みなさん実力者ぞろいですね。
それで、余計なことかもしれませんが、Wiki の記述にある『Les sucettes』(邦題:アニーとボンボン)のような性的メタファーですね...
作者ゲンスブールははフランス・ギャルの父親の知人だといいますから、日本的な感覚では遠慮して避けるところです。それでも、こういう歌詞を書くというのは、本当は仲が良くなかったのではと想像しがちです。
しかし、自由・平等と民主主義発祥の国フランスでは、個人主義が徹底していますから、批判することは言論の自由、それをお互いが認め合っているわけですね。
まあ、フランス人のことはさておいて、私はこのミニスカートのフランス・ギャルの姿が左の写真に重なって見え、しょうがないのですね。『くるみ割り人形』のB面に『タイトロープ』とか、『秋が燃える』、あるいはLP 『まちぶせ』に「人形がみてる」が入っているとか、あどけないアイドルに性的イメージをオーバーラップさせるのが共通しています。
久しぶりに『まちぶせ』のコメントをまとめ読みしましたけど、相変わらずのフィーバーで..つられて私もYou are my deeeee_stiny !!!!
...と口走りそうになりました。
妖精の血が流れているとしかいいようのないひとみちゃんですけれど、上のような曲をすでに歌っている、ということを知らないな。
与えられた歌を一所懸命歌っている本人は全く悪くないのですが。
この写真のように、アイドルは遠くからぼんやりと見えていればいいのさ。
ねっ。
コメントする