大人の男がヨヨッとなれる女性歌手と言われた松尾和子。当時のクラブ歌手の雰囲気を持ち続けた大人の歌手でした。
これくらいの貫禄ですと、どんなゴシップもドスコイではねのけてしまいます。本当に男心をとろかす歌い方で、子供ながらにイイなーと聴いてました。
これくらいの貫禄ですと、どんなゴシップもドスコイではねのけてしまいます。本当に男心をとろかす歌い方で、子供ながらにイイなーと聴いてました。
松尾和子『再会』 たくさんコメントがありますので、説明はいらないでしょう。
「みんなは 悪い人だと言うが 私にだけはいい人だった」
...ここを聴くと、必ず想い出す光景があります。子供の頃、
家の近所に親分と呼ばれるおじさんがいまして、郷里の宇都宮では名高いK組の元組長さんだということでした。60なかばでしたか、ごま塩坊主頭で、堂々とした体格の強面(こわもて)でしたが、毎日午後になるとおばさんを負んぶして、銭湯に通っていました。
巷の噂では、親分の2号さんだとか。その女性は足が悪かったようで、二人して浴衣姿で一番風呂に入りに行く。そのお二人が引き上げるまで、誰も銭湯に行く人はいませんでしたね。
わずか2百メートルかそこらの距離でしたけど、車イスとかではなく背負っていく姿が印象的でした。ほとんど、感動ものの仲の良さで、誰も敬遠して近づかない中、二人だけで孤独を分け合っているという感じでした。
女にだらしない私の父親も、「あの親分は立派な人だ...」と、妙なところで感心していました。
それで、監獄という古風な言葉ですね、人は、監獄・失業・大病を経験してみないと、本物にはなれないと昔から言いますけれど、私は3分の2.5くらいかな。
学生運動でブタ箱に入っていた私は、ある日酔っぱらってけんかをして入所してきた男と同部屋になりました。給食量が少なく腹を減らしている彼に私の分をあげて、その見返りに外部との連絡を依頼しました。
彼はただのけんかですから3日間で釈放になるので、当時付き合っていた彼女の電話番号を覚えてもらいました。今では、個人情報保護法で問題になりますけれど、根はまじめな男だと言うことが分かりましたので、メッセージを頼みました。
男が出所して翌日、下着などの差し入れがあり、ようやく着替えが出来たのですが、オーデコロンの香りが漂ってきて看守に冷やかされたり...。彼女の香りであることはすぐ分かりました。
それが無言のメッセージだったわけですね。私は「バカヤロー!」と心の中でつぶやきました。
それから2週間ほどたった寒い夕方、「今度くるときはダイナマイト持参だぜ!」と捨て台詞を残して出所して警察署の玄関を出ると、そこに彼女が黙って立っていました。
ひと月前、彼女を家まで送っていったその後、私は羽田空港に向かいそこで仲間たちと合流して機動隊とぶつかり合い数百人が逮捕されたのですね。
女と、むさ苦しい男だけの世界。天国と地獄ってとこかな。
ブタ箱であれ監獄であれ、壁を見つめて泣いていられるような所ではありません。こういう所に来る男で、泣くような人間もいないですけどね。
当てはまるのは「小ちゃな青空」という箇所くらいかも。まあ、男の歌ではなく女性の歌ですので、女の幻想だと受け止めれば「そんな柔(やわ)な男が刑務所に入るか?」などどリアルなことを言う必要もないのでしょう。
悪女の深情け、という通俗的な言葉を、佐伯孝夫が松尾和子の物語として作詞したのでしょう。
名曲ですが、さすがにこの歌をカバーする歌手はおられないようです。
命かけて、誰よりも誰よりも 君を愛す
こんなふうに歌われては、何とも言えません。
生き様が歌と深く結びついていて、それだけ味わい深いものを感じます。
浮気などしたら後が怖いというすごみもチラ見えするな。
私の母は、その昔夜の池袋で包丁を持ってオヤジを追い回したり、満州まで子供を背負ってオヤジを訪ねていき、愛人の中国人女を運河に突き落としたとか、ものすごい武勇伝を持っています。
懲りないオヤジは日本に引き揚げ後、帰国途中知り合った別の女性を家の中に同居させ母と姉たちと奇妙な生活を送ったりして...
(満州移民は、農家の次男三男坊など、家を継がない棄民でしたから、彼が死んでしまったらその妻は帰る所などなく、女一人海の藻屑にしかない定め。同じ定めのオヤジはそういうものにすぐ同情してしまう、大正ロマン育ちのバカヤローだったと思う)
そういう親から生まれた子ですから、松尾和子、ごく普通にイイナーと思います。命をかけて歌うんだ、とここまで言い切れる歌手はなかなかいません。
P子さんもようやく3分の1くらい人間学を経験したのですから、松尾和子のような深い歌い手を目指してはどうかな。もっと低い声が出ないと、難しいかもしれませんが...
「みんなは 悪い人だと言うが 私にだけはいい人だった」
...ここを聴くと、必ず想い出す光景があります。子供の頃、
家の近所に親分と呼ばれるおじさんがいまして、郷里の宇都宮では名高いK組の元組長さんだということでした。60なかばでしたか、ごま塩坊主頭で、堂々とした体格の強面(こわもて)でしたが、毎日午後になるとおばさんを負んぶして、銭湯に通っていました。
巷の噂では、親分の2号さんだとか。その女性は足が悪かったようで、二人して浴衣姿で一番風呂に入りに行く。そのお二人が引き上げるまで、誰も銭湯に行く人はいませんでしたね。
わずか2百メートルかそこらの距離でしたけど、車イスとかではなく背負っていく姿が印象的でした。ほとんど、感動ものの仲の良さで、誰も敬遠して近づかない中、二人だけで孤独を分け合っているという感じでした。
女にだらしない私の父親も、「あの親分は立派な人だ...」と、妙なところで感心していました。
それで、監獄という古風な言葉ですね、人は、監獄・失業・大病を経験してみないと、本物にはなれないと昔から言いますけれど、私は3分の2.5くらいかな。
学生運動でブタ箱に入っていた私は、ある日酔っぱらってけんかをして入所してきた男と同部屋になりました。給食量が少なく腹を減らしている彼に私の分をあげて、その見返りに外部との連絡を依頼しました。
彼はただのけんかですから3日間で釈放になるので、当時付き合っていた彼女の電話番号を覚えてもらいました。今では、個人情報保護法で問題になりますけれど、根はまじめな男だと言うことが分かりましたので、メッセージを頼みました。
男が出所して翌日、下着などの差し入れがあり、ようやく着替えが出来たのですが、オーデコロンの香りが漂ってきて看守に冷やかされたり...。彼女の香りであることはすぐ分かりました。
それが無言のメッセージだったわけですね。私は「バカヤロー!」と心の中でつぶやきました。
それから2週間ほどたった寒い夕方、「今度くるときはダイナマイト持参だぜ!」と捨て台詞を残して出所して警察署の玄関を出ると、そこに彼女が黙って立っていました。
ひと月前、彼女を家まで送っていったその後、私は羽田空港に向かいそこで仲間たちと合流して機動隊とぶつかり合い数百人が逮捕されたのですね。
女と、むさ苦しい男だけの世界。天国と地獄ってとこかな。
ブタ箱であれ監獄であれ、壁を見つめて泣いていられるような所ではありません。こういう所に来る男で、泣くような人間もいないですけどね。
当てはまるのは「小ちゃな青空」という箇所くらいかも。まあ、男の歌ではなく女性の歌ですので、女の幻想だと受け止めれば「そんな柔(やわ)な男が刑務所に入るか?」などどリアルなことを言う必要もないのでしょう。
悪女の深情け、という通俗的な言葉を、佐伯孝夫が松尾和子の物語として作詞したのでしょう。
名曲ですが、さすがにこの歌をカバーする歌手はおられないようです。
命かけて、誰よりも誰よりも 君を愛す
こんなふうに歌われては、何とも言えません。
生き様が歌と深く結びついていて、それだけ味わい深いものを感じます。
浮気などしたら後が怖いというすごみもチラ見えするな。
私の母は、その昔夜の池袋で包丁を持ってオヤジを追い回したり、満州まで子供を背負ってオヤジを訪ねていき、愛人の中国人女を運河に突き落としたとか、ものすごい武勇伝を持っています。
懲りないオヤジは日本に引き揚げ後、帰国途中知り合った別の女性を家の中に同居させ母と姉たちと奇妙な生活を送ったりして...
(満州移民は、農家の次男三男坊など、家を継がない棄民でしたから、彼が死んでしまったらその妻は帰る所などなく、女一人海の藻屑にしかない定め。同じ定めのオヤジはそういうものにすぐ同情してしまう、大正ロマン育ちのバカヤローだったと思う)
そういう親から生まれた子ですから、松尾和子、ごく普通にイイナーと思います。命をかけて歌うんだ、とここまで言い切れる歌手はなかなかいません。
P子さんもようやく3分の1くらい人間学を経験したのですから、松尾和子のような深い歌い手を目指してはどうかな。もっと低い声が出ないと、難しいかもしれませんが...
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