Neil Sedaka (1939.03.13-) はユダヤ系アメリカ人で、父親がトルコ、母親がロシア系という血筋というか文化的継承というのか、日本人に好まれるメロディーが多い人ですね。
少なくとも、ラテン系とかアメリカ的陽気さ一点張りのメンタリティーではなく、ロシア民謡とかペルシャ音楽に見られる哀愁感をもった音作りをします。
子守歌にそういうものを聞かされたのではないかなと思わせるものがあります。
少なくとも、ラテン系とかアメリカ的陽気さ一点張りのメンタリティーではなく、ロシア民謡とかペルシャ音楽に見られる哀愁感をもった音作りをします。
子守歌にそういうものを聞かされたのではないかなと思わせるものがあります。
ニール・セダカ 『Little Devil』 (1961)
作詞:N.Sedaka & H.Greenfield/作曲:N.Sedaka & H.Greenfield
『Hey little Devil 』
Wo wo wo wo Ye yeh yee
Hey little Devil
Hey little Devil you're always running around
It's time that someone
started taming you down
There'll be, some changes made
Your roving days are through
Hey Little Devil I'm gonna make
an angel out of you
歌詞を見ながら聴くと、よく判りますけれど、見ないで聴くと各行の頭の部分だけ判って真似してうたうけれども、後の方はうやむや。
私の歌真似は言ってみれば、竜頭蛇尾唱法でしたけれど、それが英語の学び方につながっています。
Howard Greenfield はSedaka 一家と同じアパートで育ち、子供の頃から共に曲作りをしていた仲で、主として作詞を手がけています。
貧しい移民の子であったニール・セダカは、ニューヨークのジュリアード・スクールで音楽を学びます。この学校は、音楽的才能のある子を育て上げる無料の学校として設立された学校で、後に舞踊部門、演劇部門が設けられ、多くの芸能人を世に送り出しています。
『HAPPY BIRTHDAY SWEET 16』 (1961)
当時のセダカの人気ぶりが伝わってきます。後のソウル・トレインなんかと同じノリですね。
この歌、日本では原曲ではなく弘田三枝子の歌が売れていまして、そちらの方が記憶に強く残っています。
弘田三枝子 『すてきな16才 (1962)
Happy birthday sweet sixteen
今はもう きのうの私とちがうレディーよ
口紅つけて気どってみたの
Happy birthday sweet sixteen
※やさしい彼の腕に抱かれてみたいわ
だって私は もうレディーなの
Happy birthday sweet sixteen※
青い月や星空さえ 何故か胸をせつなくする
不思議なの だって彼の声もささやく様に
聞こえてくるのよ
今はもう きのうの私とちがうレディーよ
口紅つけて気どってみたの
Happy birthday sweet sixteen
漣健児の訳ですね。
こういう歌がどんどん出てきて、ポピュラーソングが市民権を得てくるわけです。
それ以前の頃は、「Cha la la la...」などと口ずさむと、頭がおかしくなったかと思われたり、密告されたり、ばかばかしくも文化的不毛時代でした。
作詞:N.Sedaka & H.Greenfield/作曲:N.Sedaka & H.Greenfield
『Hey little Devil 』
Wo wo wo wo Ye yeh yee
Hey little Devil
Hey little Devil you're always running around
It's time that someone
started taming you down
There'll be, some changes made
Your roving days are through
Hey Little Devil I'm gonna make
an angel out of you
歌詞を見ながら聴くと、よく判りますけれど、見ないで聴くと各行の頭の部分だけ判って真似してうたうけれども、後の方はうやむや。
私の歌真似は言ってみれば、竜頭蛇尾唱法でしたけれど、それが英語の学び方につながっています。
Howard Greenfield はSedaka 一家と同じアパートで育ち、子供の頃から共に曲作りをしていた仲で、主として作詞を手がけています。
貧しい移民の子であったニール・セダカは、ニューヨークのジュリアード・スクールで音楽を学びます。この学校は、音楽的才能のある子を育て上げる無料の学校として設立された学校で、後に舞踊部門、演劇部門が設けられ、多くの芸能人を世に送り出しています。
『HAPPY BIRTHDAY SWEET 16』 (1961)
当時のセダカの人気ぶりが伝わってきます。後のソウル・トレインなんかと同じノリですね。
この歌、日本では原曲ではなく弘田三枝子の歌が売れていまして、そちらの方が記憶に強く残っています。
弘田三枝子 『すてきな16才 (1962)
訳・作詞:漣健児/作詞・作曲:H.Greenfield & N.Sedaka
Cha la la la...Happy birthday sweet sixteen
今はもう きのうの私とちがうレディーよ
口紅つけて気どってみたの
Happy birthday sweet sixteen
※やさしい彼の腕に抱かれてみたいわ
だって私は もうレディーなの
Happy birthday sweet sixteen※
青い月や星空さえ 何故か胸をせつなくする
不思議なの だって彼の声もささやく様に
聞こえてくるのよ
今はもう きのうの私とちがうレディーよ
口紅つけて気どってみたの
Happy birthday sweet sixteen
漣健児の訳ですね。
こういう歌がどんどん出てきて、ポピュラーソングが市民権を得てくるわけです。
それ以前の頃は、「Cha la la la...」などと口ずさむと、頭がおかしくなったかと思われたり、密告されたり、ばかばかしくも文化的不毛時代でした。
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