私が始めて生の歌手の歌を聴いた人、それが多摩幸子さんでした。郷里の宇都宮の夏祭りで、この『北上夜曲』を聴いたのです。
目がキラキラ輝いていて、美しく澄んだ声でほんとうに丁寧に歌うのが印象的で、この歌声でメロメロ好きになりました。
目がキラキラ輝いていて、美しく澄んだ声でほんとうに丁寧に歌うのが印象的で、この歌声でメロメロ好きになりました。
すいません、マヒナはほとんど見ていなかったような...記憶にありません。
とにかくキラキラお目々に魅入られっぱなしで、ドレスを着ていたのか、浴衣姿だったのか定かではないです。まだ小学生でしたから、このかわいらしい声と素直な歌い方がスッと胸に入ってきたのだと思います。
心静かに聴きたい歌です。
『北上夜曲』 (1961/昭和36年)
「思い出すのは」という歌詞の部分の、少しばかり少女っぽい声がたまりません。
そして、丁寧な歌い方が、淡い初恋をいとおしむようで、こころが洗われるような思いがします。
「匂い優しい白百合の
濡れているよな あの瞳」
いきなり「白百合の」とメタファーから入って、恋する乙女のイメージと、黒髪の匂いを表象させ、
咲き初(そ)めた百合のようにしっとり感のある「あの瞳」と焦点を合わせる、オーソドックスな喩の使い方ですね。
多摩幸子のキラキラ瞳からすると、私としては「思い出すのは 北上河原の星の夜」といきたいところですが、それは三番でメインとなるために、重複を避けて月にしているかと思います。かなり厳密に言葉を選択しています。
「宵の灯火 点す頃
心仄かな初恋よ」
ここも一番と同じように、「宵の灯火 灯す頃」という時刻の表現が、初恋の想いが芽生え始めるという「彼(彼女)に心惹かれ傾斜していく」内面描写に転換するメタファーとして機能しています。
そして「思い出すのは 北上河原のせせらぎ」なのです、と。
せせらぎは川底の石が露出しているような川の浅いところで、これは想いの深さ・浅さを意味しているのでしょう。深い思いを表現したければ、「静かな淵」とでもいうべきところですね。
ですから、この一番、二番の歌詞では淡く、まだ浅い「人恋い初めしとき」ということを淡々と歌っているのだと。ここには何の感情表現もなく、月の夜やせせらぎという自然描写だけで、初恋の想いを表象しているわけです。
たいへんに抑制の効いた、奥ゆかしすぎるほどの表現ですけれど、なぜなのか?
...と、問いたくなるものを感じますね。
その答えは四番の歌詞にあるのですが、「僕は生きるぞ 生きるんだ」という言葉...
akiraplastic3さんの字幕にあるように大東亜戦争の影が、そこにあるのではないかと思います。
迫り来る戦争の影、社会が次第に緊張感を高め、「恋愛にうつつを抜かしている場合じゃないぞ」というぎすぎすした空気が広がり始めている。
若い男は確実に徴兵されるだろう。出征ともなれば、生きて帰ることができるのか判らない、というものを感じながら「僕は生きるぞ、君のために」という、婉曲な愛の告白ですね。
女性は「君の面影 胸に秘め 思い出すのは 北上河原の初恋よ」と応じる。あなたの面影を生き甲斐に、ずっと待っているわ。この初恋は、終わったわけではなく中断を余儀なくされたのですから...」ということでしょうか。
この歌は本来は独唱の歌詞ですけれども、このレコードでは秘めやかな相聞歌というつくりになっています。歌というのは当然ですが歌詞単独で成り立っているわけではありませんので、男女コーラスの形にしたことも、歌の意味として私は捉えています。
初恋というタイトルがついていますが、軍事当局の目をごまかす恋愛・反戦歌というものを感じます。与謝野晶子の「君死にたまふなかれ」という歌と、通じるものがある、と言って良いのではないでしょうか。
この時期、急いで祝言を挙げて新婚早々徴兵され戦地に赴くという人もいたし、そうせずに出征する自分を忘れてくれといって、想いを残さない別れをして戦地に赴く男もいました。
そういう時期の歌ですから、平和な時代の歌のようなあからさまな感情表現は一切表には出ていません。
けれども、作者の菊池規はメタファーを巧みに使うことで、二重の意味を裏に隠しているかと思う。
それが三番の歌詞ですね。
起承転結の構成になっていますので、四番を押さえてからの方が、三番の意味が分かりやすいのです。
「銀河の流れ 仰ぎつつ
星を数えた 君と僕」
これは決して牧歌的でのどかな、あるいは素朴な光景を歌っているわけではないでしょう。
星がひとつ、星が二つとか、あれが北極星ね...とか、数えたわけではない、と。
僕は君との愛を全うするために、何が何でも生きて帰ってきたい。
いつか、必ず二人が結ばれますように。
...そんなふうに、二人は星の数ほど天に祈った、という表現ではないかな。
そして、もう一つの隠された意味は、「平和に暮らしたい、戦争はイヤだ」という作者の思いが、メタファーに込められてもいるのかもしれない。作詞家というのは時代の流れに敏感ですからね。
そういうものが込められているから、このような曲調になったのでしょうか。
淡々とした抑制の効いた歌詞のようですけれども、注意深く選ばれた言葉が作り出すメタファーは奥深いものがありますね。格調高い、芸術性の高い相聞歌となっています。
この歌を、マヒナスターズと多摩幸子が、心を込めて歌っていて、本当に名曲ですね。
この時のインパクトは相当に子供心に強かったようで、女性歌手というとこの系統の歌い手さんしか受け入れられないという枠組みみたいなものが、私の中に根強くあるような気がします。
多摩幸子は時代劇でお姫様役などをやっていた女優さんで、このように歌も唱っていましたが、本職の歌手ではありませんので残した歌は少ないのですけれど、このように動画をアップされているakiraplastic3さんが生きた昭和歌謡史のような大変なライブラリを作っておられて、敬服するしかありません。多摩幸子の後年の映像もありますね。
この曲の、多摩幸子の歌がマヒナの男性ボーカルのファルセットではないか、という疑問を呈している記事もありますが、私は歴史的生き証人か?小学生の私が恋した多摩幸子(ゆきこ)は若くて美しく、声がまさにこの通りのすてきなお姉様でありました。お化けじゃネーのだ。
昭和初期の歌謡曲がどんなものであったのかを知るには上のライブラリをご覧いただくのが一番でしょう。大変な収集量ですし、そのアップロードの労たるや相当のものがあるかと思われます。
敬意を表して、おすすめの菅原都々子版もご紹介しておきます。
名曲は歴史的に歌い継がれるようで、森昌子版を聴いてみましょう。
森昌子は郷里の後輩ですし、インタビューして話を聞いたこともあるので、応援しなければいけない立場なのですが、「北上」の声がやや低すぎて、ちょっとという感じがするのだけれど。
暗い時代ですから、合っていると言えば合っているのですが、北上川は暗くも何ともない。過剰な思い入れはしない方がいいなと思う。
森昌子版を引用したのは実は5番なのかな、冬の歌の部分ですね。
雪のチラチラ 降る宵に
君は楽しい 天国へ
想い出すのは 想い出すのは
北上河原の 雪の夜
こういう歌詞を読むと、人は限りあるところで輝くのだなという気がします。
抑制があるほど、思いは切なくなる。
死があるから、精一杯生きる生は美しい
その深く哀しい別れを「君は楽しい 天国へ」と...
この抑えた感情表現が、歴史的に培ってきた日本人の「ものの あはれ」なのだと思う。
私は、このように言葉が大切に表されて、大切に歌われた時代というものを見失いたくないなと、心から思います。
【追記】
森昌子の歌を聴いていましたら、歌詞解釈に若干の誤りを感じましたので、付記しておきます。
この歌の「君」は、多分結核のような病で亡くなった、と直感的にイメージが浮かびました。
雪というものは純白ですから、血というものを表象するときによく使われます。雪の上に血が飛び散る、という映画などの演出はよく目につきますね。
白いシーツの上で吐血する、そのイメージが連想されます。
君は死を予感し、覚悟している。
そういうことかもしれません。
ですから、「宵の灯火 点す頃」という言葉は、生の黄昏...残り少ない命を燃え上がらせて、という事をも表象しているようです。
けれども、歌詞解釈の本質的なものは、しっかりと捉えていると思っています。
戦争で死ぬか、病で死ぬか。僕が死ぬのも、君が死ぬのも、その違いはさほどの意味をなさないでしょう。
突然の死であれ、緩やかな死であれ、死を予感し精一杯いきたいという思いは変わりがない。
そして、愛する人を失った気持ちは、男であろうと女であろうと変わりがない。
ここにも、永遠があるということですね。
森昌子はそういったものを受けて、歌っていたのかな。
昌子の声、いいんですよ。
歌もうまいし。
朱里エイコとか森昌子、麻生よう子とか、歌の実力だけで勝負するしかない子はみなさん歌が半端じゃないです。これ、ほめてるのか冷やかしているのか...
とにかくキラキラお目々に魅入られっぱなしで、ドレスを着ていたのか、浴衣姿だったのか定かではないです。まだ小学生でしたから、このかわいらしい声と素直な歌い方がスッと胸に入ってきたのだと思います。
心静かに聴きたい歌です。
『北上夜曲』 (1961/昭和36年)
「思い出すのは」という歌詞の部分の、少しばかり少女っぽい声がたまりません。
そして、丁寧な歌い方が、淡い初恋をいとおしむようで、こころが洗われるような思いがします。
「匂い優しい白百合の
濡れているよな あの瞳」
いきなり「白百合の」とメタファーから入って、恋する乙女のイメージと、黒髪の匂いを表象させ、
咲き初(そ)めた百合のようにしっとり感のある「あの瞳」と焦点を合わせる、オーソドックスな喩の使い方ですね。
多摩幸子のキラキラ瞳からすると、私としては「思い出すのは 北上河原の星の夜」といきたいところですが、それは三番でメインとなるために、重複を避けて月にしているかと思います。かなり厳密に言葉を選択しています。
「宵の灯火 点す頃
心仄かな初恋よ」
ここも一番と同じように、「宵の灯火 灯す頃」という時刻の表現が、初恋の想いが芽生え始めるという「彼(彼女)に心惹かれ傾斜していく」内面描写に転換するメタファーとして機能しています。
そして「思い出すのは 北上河原のせせらぎ」なのです、と。
せせらぎは川底の石が露出しているような川の浅いところで、これは想いの深さ・浅さを意味しているのでしょう。深い思いを表現したければ、「静かな淵」とでもいうべきところですね。
ですから、この一番、二番の歌詞では淡く、まだ浅い「人恋い初めしとき」ということを淡々と歌っているのだと。ここには何の感情表現もなく、月の夜やせせらぎという自然描写だけで、初恋の想いを表象しているわけです。
たいへんに抑制の効いた、奥ゆかしすぎるほどの表現ですけれど、なぜなのか?
...と、問いたくなるものを感じますね。
その答えは四番の歌詞にあるのですが、「僕は生きるぞ 生きるんだ」という言葉...
akiraplastic3さんの字幕にあるように大東亜戦争の影が、そこにあるのではないかと思います。
迫り来る戦争の影、社会が次第に緊張感を高め、「恋愛にうつつを抜かしている場合じゃないぞ」というぎすぎすした空気が広がり始めている。
若い男は確実に徴兵されるだろう。出征ともなれば、生きて帰ることができるのか判らない、というものを感じながら「僕は生きるぞ、君のために」という、婉曲な愛の告白ですね。
女性は「君の面影 胸に秘め 思い出すのは 北上河原の初恋よ」と応じる。あなたの面影を生き甲斐に、ずっと待っているわ。この初恋は、終わったわけではなく中断を余儀なくされたのですから...」ということでしょうか。
この歌は本来は独唱の歌詞ですけれども、このレコードでは秘めやかな相聞歌というつくりになっています。歌というのは当然ですが歌詞単独で成り立っているわけではありませんので、男女コーラスの形にしたことも、歌の意味として私は捉えています。
初恋というタイトルがついていますが、軍事当局の目をごまかす恋愛・反戦歌というものを感じます。与謝野晶子の「君死にたまふなかれ」という歌と、通じるものがある、と言って良いのではないでしょうか。
この時期、急いで祝言を挙げて新婚早々徴兵され戦地に赴くという人もいたし、そうせずに出征する自分を忘れてくれといって、想いを残さない別れをして戦地に赴く男もいました。
そういう時期の歌ですから、平和な時代の歌のようなあからさまな感情表現は一切表には出ていません。
けれども、作者の菊池規はメタファーを巧みに使うことで、二重の意味を裏に隠しているかと思う。
それが三番の歌詞ですね。
起承転結の構成になっていますので、四番を押さえてからの方が、三番の意味が分かりやすいのです。
「銀河の流れ 仰ぎつつ
星を数えた 君と僕」
これは決して牧歌的でのどかな、あるいは素朴な光景を歌っているわけではないでしょう。
星がひとつ、星が二つとか、あれが北極星ね...とか、数えたわけではない、と。
僕は君との愛を全うするために、何が何でも生きて帰ってきたい。
いつか、必ず二人が結ばれますように。
...そんなふうに、二人は星の数ほど天に祈った、という表現ではないかな。
そして、もう一つの隠された意味は、「平和に暮らしたい、戦争はイヤだ」という作者の思いが、メタファーに込められてもいるのかもしれない。作詞家というのは時代の流れに敏感ですからね。
そういうものが込められているから、このような曲調になったのでしょうか。
淡々とした抑制の効いた歌詞のようですけれども、注意深く選ばれた言葉が作り出すメタファーは奥深いものがありますね。格調高い、芸術性の高い相聞歌となっています。
この歌を、マヒナスターズと多摩幸子が、心を込めて歌っていて、本当に名曲ですね。
この時のインパクトは相当に子供心に強かったようで、女性歌手というとこの系統の歌い手さんしか受け入れられないという枠組みみたいなものが、私の中に根強くあるような気がします。
多摩幸子は時代劇でお姫様役などをやっていた女優さんで、このように歌も唱っていましたが、本職の歌手ではありませんので残した歌は少ないのですけれど、このように動画をアップされているakiraplastic3さんが生きた昭和歌謡史のような大変なライブラリを作っておられて、敬服するしかありません。多摩幸子の後年の映像もありますね。
この曲の、多摩幸子の歌がマヒナの男性ボーカルのファルセットではないか、という疑問を呈している記事もありますが、私は歴史的生き証人か?小学生の私が恋した多摩幸子(ゆきこ)は若くて美しく、声がまさにこの通りのすてきなお姉様でありました。お化けじゃネーのだ。
昭和初期の歌謡曲がどんなものであったのかを知るには上のライブラリをご覧いただくのが一番でしょう。大変な収集量ですし、そのアップロードの労たるや相当のものがあるかと思われます。
敬意を表して、おすすめの菅原都々子版もご紹介しておきます。
名曲は歴史的に歌い継がれるようで、森昌子版を聴いてみましょう。
森昌子は郷里の後輩ですし、インタビューして話を聞いたこともあるので、応援しなければいけない立場なのですが、「北上」の声がやや低すぎて、ちょっとという感じがするのだけれど。
暗い時代ですから、合っていると言えば合っているのですが、北上川は暗くも何ともない。過剰な思い入れはしない方がいいなと思う。
森昌子版を引用したのは実は5番なのかな、冬の歌の部分ですね。
雪のチラチラ 降る宵に
君は楽しい 天国へ
想い出すのは 想い出すのは
北上河原の 雪の夜
こういう歌詞を読むと、人は限りあるところで輝くのだなという気がします。
抑制があるほど、思いは切なくなる。
死があるから、精一杯生きる生は美しい
その深く哀しい別れを「君は楽しい 天国へ」と...
この抑えた感情表現が、歴史的に培ってきた日本人の「ものの あはれ」なのだと思う。
私は、このように言葉が大切に表されて、大切に歌われた時代というものを見失いたくないなと、心から思います。
【追記】
森昌子の歌を聴いていましたら、歌詞解釈に若干の誤りを感じましたので、付記しておきます。
この歌の「君」は、多分結核のような病で亡くなった、と直感的にイメージが浮かびました。
雪というものは純白ですから、血というものを表象するときによく使われます。雪の上に血が飛び散る、という映画などの演出はよく目につきますね。
白いシーツの上で吐血する、そのイメージが連想されます。
君は死を予感し、覚悟している。
そういうことかもしれません。
ですから、「宵の灯火 点す頃」という言葉は、生の黄昏...残り少ない命を燃え上がらせて、という事をも表象しているようです。
けれども、歌詞解釈の本質的なものは、しっかりと捉えていると思っています。
戦争で死ぬか、病で死ぬか。僕が死ぬのも、君が死ぬのも、その違いはさほどの意味をなさないでしょう。
突然の死であれ、緩やかな死であれ、死を予感し精一杯いきたいという思いは変わりがない。
そして、愛する人を失った気持ちは、男であろうと女であろうと変わりがない。
ここにも、永遠があるということですね。
森昌子はそういったものを受けて、歌っていたのかな。
昌子の声、いいんですよ。
歌もうまいし。
朱里エイコとか森昌子、麻生よう子とか、歌の実力だけで勝負するしかない子はみなさん歌が半端じゃないです。これ、ほめてるのか冷やかしているのか...
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