石川ひとみ「くるみ割り人形」 もう一人の石川ひとみ

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 石川ひとみ「くるみ割り人形」 (1978/9/5) 作詞:三浦徳子、作曲:馬飼野康二、編曲:大村雅朗 

 石川ひとみちゃんのファンには、この『くるみ割り人形』が好きだという人が多い。
 
 なぜかというと、ひとみちゃんの可愛らしさが随所に見られてビジュアル的に素敵だ、と言う面もありますし、大村雅朗のアレンジが冴えていて、西洋音楽のポリフォーニー的特質が融合して完成度が高いものになっているからでしょう。
  そして見逃せないのが、彼女の憂いを含んだ微かなかすれ声が、聴く人の胸にしみこむように感じるからだと思う。

 この曲がデビュー曲でも、悪くない。確かに、十二分に、ものすごく、悪くないです。


 パソコンの小さなスピーカーでは気づきにくいかもしれませんが、ヘッドフォン(イヤフォン)をセットして聴いてみると、石川ひとみの中音域が天性の愁(うれ)い声を持っていることが分かります。

 愁い声とひとことで言ってしまえば、誤解されるかもしれません。適当な言葉がないので、比喩的に言いますと6月頃の雨上がりの若葉のような「感情的な瑞々しさ」とでも。

 ただの若葉ではなく、雨上がりの水滴をまとった若葉、ですね。

 まあ、愁い声と言えば谷山浩子さんや森山良子さん、異色なところではカルメンマキとか個性派がいますけれど、この系統の声質を持っています。

 乾いた声系の人では、マイナー調の歌を歌っても、しっとり感がないのがいまいちですが、何か声の質というのはその人の性格と結びついているような気がします。ただ単に、声帯の生理学的な構造の問題だけでないのでは。

 といっても、ひっちゃんは暗くてウエットな性格ではなくて、非常に明るい性格なのですが、ドライではないですね。

 石川ひとみより一歳年上の伊藤咲子などは明るいひまわり娘で売り出していましたが、彼女もマイナー調の歌の方が本領発揮という印象がありました。スケールの大きな歌い方をする、歌が上手い歌手でした。

 『乙女のワルツ』(1975) 『冬の星』(1975)


 その点で、山崎ハコは声が乾いていますので、悲惨な歌を悲惨に歌っても救いがある。

 だからこそ、凄みが出るのでしょうか。


 歌手石川ひとみの中音域、この歌声を聴いているだけで、胸キュンとなる素晴らしい魅力的な声です。

 特に2番の歌詞がひとみちゃんの声とマッチしていて良いので、2番の歌詞が聴けるクリップを最初に紹介します。

 くるみ割り人形


 石川ひとみちゃんは、そのような声を持っていたために、どうしてもその系統の歌が多く作られたのかと思います。

 彼女の声は

 低音部...南 沙織 『人恋しくて』...時々似ているなと感じるところがある

 中音部...魅力的愁い声...伊藤咲子と良い勝負です。どちらも、素晴らしいです。

 高音部...太田裕美→ 「ひとみの木綿のハンカチーフ」最初の方は、区別がつかないほど似ている


 時代的には、南沙織が引退したのが1978年ですから、石川ひとみがその線を継承する路線を選ぶという選択肢もありました。


 しかし、新人石川ひとみの第二弾は『くるみ割り人形』でした。

 この曲は片思いの歌で、彼女の声の魅力を遺憾なく伝えているのですが、

 デビュー曲の『右向け右』とは正反対の世界を描いている曲だということが、ある人にとってはとまどいを感じさせ、ある人にとってはこれイイ!となる。

 すこし、歌詞の解釈をしておきます。

 両方とも同じ悲恋の歌なのですが、まるっきり別な「私」の世界です。


 『くるみ割り人形』とは何か?

 それは、まったく自立していない少女の世界です。あやつる(リードしてくれる)人が必要な私、の歌なのですね。歌詞の意味から見ると、デビュー曲とは正反対の世界です。

 『くるみ割り人形』は徹底的にいじらしい、その乙女心と石川ひとみちゃんの声はジャストフィットしていて、レコードだけを聴いていると、二番の歌詞で感涙ものです。

  ヒロイン夢見た赤い靴

  パートナー あなただけと 思いこんでた

  ガラスのこころが 飛び散るわ

  踊り出すひとの顔 私じゃないの

  

  あなたのこころの中 誰かでいっぱい

  トウシューズを履いても (わたし)動けもしないの


  「トウシューズを履いても」というところ、彼にエスコートされて自分がヒロインになれると思っていたのに、壁の花で終わってしまった。

 うなだれて、自分の トウシューズを見つめて、「バカだなぁ 私...」と涙ぐむ、という暗喩が込められていて、ホロリとして、慰めたくなります、男なら。

 男ってヤツは、うぶな少女を自分色に彩りたい、という密かな夢を持っていますから、こう励ましたくなるシチュエイションの歌は、少なくとも男の子には訴求力がありますね。

 この辺の、ひとみちゃんの声が抜群の愁い声で、ほんとにこころに染みこむ感じです。


 しかし、石川ひとみちゃんの天性の可愛さが、否応なしに彼女をアイドルに押し上げていく。
 悲しい歌を歌っても、笑顔を見せなければいけないのか、

 それとも、悲しい曲を、明るく笑顔でうたう「あどけなさ」イメージ戦略なのか?


 ひとみちゃんはアイドルとしての自覚はなかった、とおっしゃっていますね。

 自分は実力派の歌手だと自負を持っていた?
 そうではないようですけど、実力派の歌手として認められたいという気持ちはあったようです。


 ここで、何よりも問題なのは、プロダクションがどういう路線(ポジショニング)をとるかを決められないまま、見切り発車をしているように思えることですね。どうも、煮詰まってはいない感じです。

 ただ一つ、はっきりしているのはナベシンが歌手タレントにアメリカ流のエンターテイナー性を求め、「ステージでは常に背筋を伸ばし、客席に向けて笑顔をふりまけ」と訓示し続けた、ということですね。


 ステージに出てくる時のひとみちゃんは、本当に背筋を正してキリっとしています。

 そして、愛くるしい笑顔!ナベシンの功罪なのかな?


 ミニスカート衣装での『くるみ割り人形』

 YouTube - 石川ひとみ - くるみ割り人形

 このミニスカートは珍しいし、お宝映像ですが、路線が違いますよね。

 同じ事務所の先輩であるキャンディーズが解散したのは、ピンクレディーに生足(なまあし)路線で追い上げられて、「それ以上スカート丈を短くしたくなかったからだ」というまことしやかなデマ情報がささやかれていました。そういう路線ですから、この衣装は。
 

hitomi_kurumiwari.jpg

お人形ステップ版






 個人的にはこちらの方が好きです。1:25 過ぎに見られる「お人形ステップ」、本当にかわゆい。

 ひとみちゃんの魅力が、十分に発揮されています。

 このポーズを見ると、なにかしら快さを感じます。

 どうしてかなと考えてみると、解放系の姿だから、ということに気づきました。


 解放系といっても説明しないと分からないと思いますが、新体道の青木師範が「天真五相」として分類した体位の、基本となっている4体勢のうちの第一のものを解放系体勢と言っています。

 お人形ステップでは、右足を左足の後に引きますので、骨盤を中心に身体が右にねじれます。その時に、同時に左手てのひらを開いて、肘を脇の後側にあてて、写真のように左肩を開きます。

 そうすると自然に胸を張って身体を開いた体勢となります。新体道的に言うと「心身を解放する」という姿勢です。私も、昔は新体道の稽古に励んでいた時期もありましたので、新体道的な意味を感じてしまうのかもしれません。


 この部分は曲調がマイナーからメジャーに切り替わるところですので、メジャーの曲調と解放系のポーズがピタリと一致して、快さをもたらす要因となっているのではないでしょうか。


 この一連のフリをロボット的だという印象を持つ方が多いようですが、操(あやつ)り人形イメージでフリをつけているわけです。

 くるみ割り人形そのものは、マリオネットでも何でもありません。クルミを割る道具に、彫刻や細工を施して、人形型にしたものです。

 口の中でクルミを割るモノだけに頭が大きいので、厳つい男の人形になるのが普通です。

 女性のイメージがあるのはチャイコフスキーのバレエ組曲「クルミ割り人形」からでしょうか。私は若い頃はチャイコフスキーが好きで、渋谷公会堂で開かれたボリショイ・バレー団の「クルミ割り人形」を観に行った記憶があります。

nuts_cracker3.jpgnuts_cracker.jpg 


でも、バレリーナが踊る「クルミ割り人形」よりも、

『ひとみのくるみ割り人形』の方が、ずっとかわいらしいです。

 って、これ、えこひいき、か?

 最後の決めポーズ、

 バレエから取ったのでしょうね。


 YouTube の『まちぶせ』を見て、石川ひとみちゃんのファンになった人は、間違いなくこの『くるみ割り人形』が好きなはずです。私は『くるみ割り』系ファンと言っています。

 けれども、デビュー曲から追っている人は、どこか『右向け右』というデビュー曲のインプレッションが、セカンドアルバムの『くるみ割り人形』のイメージににマイナス影響を与えていると思う。

 実際、『右向け右』に違和感を感じていたファンで、この曲が出てうれしかったという方が多いようですね。

 誤解して頂きたくないのは、どちらも良い曲なのです。しかしながら、曲の基本的なイメージが両極端にぶれたことがファン形成に悪い影響をもたらしたのではないかなということです。


 自立していきつつある「大人の女の世界」(右向け右)を歌い上げるひとみさんと、あどけない少女の悲しい世界(くるみ割り人形)をのびのびと明るく(!)歌ったひっちゃんと、(マイナー部もメジャー部も同じようにニコニコしています)

 言ってみれば、二人の石川ひとみ像ができてしまったわけです。

『くるみ割り人形』のひっちゃんは、『右向け右』のひっちゃんとは対照的な、もうひとりの石川ひとみなのです。

 大人の歌が好きで、実力派石川ひとみが好きならば、この曲は可愛すぎて、照れてしまうほどだ。

 歌の妖精石川ひとみちゃんが好きならば、思わず「ひとみ!」と叫びたくなる可愛さ。

 ファンは移り気だと言いますが、逆に非常に保守的に好きになったイメージを崩して欲しくないという気持ちを強く持っているものです。

 個性としての石川ひとみちゃんは変わらないのですが、歌の内容は両極端。それでも破綻しないのは、みなさんがひっちゃんの可愛さに目がくらんで、歌詞など深く吟味していないからです。


 この些細と思える変調が、売れない時代を迎える遠因となったのだと思います。

 というのは、1980年に大物、山口百恵が引退して、広大なファン層のマーケットが空白状態になったわけです。

 そこにジャストインタイムで松田聖子がデビューして、一気にアイドルの頂点まで駆け抜けてしまった。松田聖子という人の持つ運勢があったとおもいます。


 松田聖子のキャンディー・ボイスは、ひとみちゃんの声と共通する魅力的なものがありますね。

 そのかすれた音質が彼女の大きな魅力で、私も好きです。

 ただ、彼女の声はひとみちゃんよりもかすれが強く、より強調されて聞こえることと、中性的な声質で明るい歌も悲しい歌もマッチするかな、と思います。

 天然の可愛さはひとみちゃんの方が魅力的だと、思うのですが。
 

 プロダクションが石川ひとみの路線を手探りしている間に、後からデビューしてきた松田聖子や河合奈保子がアイドルとしての地位を固め、陣地を取り、フラッグシップを掲げてしまった...

 松田聖子の場合、

『裸足の季節』(1980年4月1日)
『青い珊瑚礁』(1980年7月1日)
『風は秋色/Eighteen』(1980年10月1日)
『チェリーブラッサム』(1981年1月21日)
『夏の扉』(1981年4月21日)


 まで、一貫してアイドルの王道を走るワンパターンで行っています。そして、


『白いパラソル』(1981年7月21日)
『風立ちぬ』(1981年10月7日)
『赤いスイートピー』(1982年1月21日)
『渚のバルコニー』(1982年4月21日)
『小麦色のマーメイド』(1982年7月21日)
 以下10曲は力を抜いた歌い方となります。

 少しだけ、マイナーチェンジをしますが、大きくイメージを崩さずにファン心理をつかみ続けます。
 特に、「赤いスイートピー」では、新たに女の子のファンを開拓するという戦略で確実にファン層を開拓しました。最初から明確な聖子ワールドのビジョンを持っていると思う。

 はっきり言いますと、松田聖子の場合、サンミュージックが社運をかけて戦略をたて、強力なスタッフ陣とプロモーションコストを使い、聖子もまたセルフプロデュース能力を発揮して、あの成功をかちとったわけですね。

  それに対して、ナベプロの方は次々と芋洗いのように新人を送り出して、一人一人には十分に手が回らない。しっかりとした売り出し戦略もなく、歌手個人の魅 力で勝負して、いろいろなタイプの歌を歌わせ、何がヒットするのか反応を見るということをやっている。そういう印象があります。


 歌手石川ひとみはナベシンも相当に力を入れていたので、他の新人歌手とは別格扱いだったようですが、それでもスタッフが人材不足という感じがします。ただ、やみくもに歌番組などへの露出を多くすれば良いというものではありません。

 バックボーンをしっかりさせておかないといけない。

 ブッシュさんではないですが、Show the Flag! 旗色をはっきりさせろ、ということですね。


 察するに裸の王様ナベシンに異議を申し立てることができなかった、ということもあったかと思います。

 ともかく、戦術的な稚拙さがありますが、ナベプロはこの曲のプロモーションに勝負をかけて、賞取りレースに参戦したようですね。


 これはプロモーションビデオなのでしょうか?

 音も画質も良いですが、お人形ステップ見られないのが残念!


 出だしの表情が硬いのは、まだ操り糸が張られていないお人形さんだから、という設定ですね。

 曲が始まると、繰り糸が張られてお人形に命が吹き込まれ、踊り出す。


 しかし、スタート時点で石野真子ちゃんに半周遅れぐらいの差をつけられていて、さらにデビュー曲でつまずいてしまって、再スタートは少女への極端なイメチェンですから。


 これでは、勝てる勝負も勝てない気がする。

 松田聖子の歌作りには、松本隆、財津和夫、呉田軽穂(松任谷由実)、大瀧詠一、大村雅朗、細野晴臣、南佳孝、尾崎亜美、矢野顕子、佐野元春、玉置浩二などパワーがあった旬のメンバーで陣営を固めているのですよ。

 事務所の強力なプッシュがあったから、デビュー2ヶ月の新人が「夜のヒットスタジオ」に出演するという異例のことを実現したわけです。


 もっとも、もっと異例だったのは、デビュー2日目の石野真子ちゃんを、歌番組に強いバーニングプロダクシンが「夜ヒット」に出演させたことでしょう。

 この番組に出演するということは、紅白とは別の意味で一流歌手の仲間入りを意味したので、世間の注目度が全然違ってきます。オリコンよりも、歌番での順位の方がインパクトが圧倒的に強い。


 私は、当時仕事に没頭していてテレビをほとんど見なかったのですが、それでも松田聖子の同番組デビューを見ているので、やはり注目度の高い番組だったと思います。

 聖子ちゃんの時は姉の家で偶然見たのですが、「この人、いますごい評判だけど、あか抜けていないし、どこが良いの?」とまじで尋ねられたほどです。


 石野真子さんは、歳を重ねた今の方が断然いいです。
 石川ひとみちゃんと真子ちゃんのボケコンビはいい味出しています。


 ですから、石野真子ちゃんの影に隠されたとか言われていますが、現象的にはそうだけれども、バックボーンの違いが大きな要因だったと思います。これが、単なる時代背景で言い切れない、楽屋裏の状況でした。スターは作り出される時代になっていたのです。

 個々の歌をみれば、何で売れなかったの?と思えますが、そのような時代的・社会的条件を取り外したYouTube で石川ひとみが圧倒的に支持されていることは、私としても本当にうれしい。

 30年前のビデオ映像が、今も若いファンを作り出していることに、同時代を生きてきた者として誇りを感じるほどです。

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