Feeling 石川ひとみでタグ「三枚の写真」が付けられているもの

「三枚の写真」 それから

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 漱石ではありませんけども、「三枚の写真」の話が尻切れトンボになったままで、どうも気になりますので、一応説明を加えて幕引きをしておきたく思います。
 

「三枚の写真」の脱構築?

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 これまで述べてきたような解釈のあり方は、多分ふつうのファンの方には深読みのしすぎではないか?
 ...という印象を抱かれるかもしれませんね。
 とくにある作詞家のファンであるという場合、作者の意図を最大限に尊重すべきだと考えられるのが、ごく自然なことかと思います。
  YouTube の動画をかってに引用させていただいているのに、非妥協的なことを平気で書くお子様なわたしですので、今回はひとりごとで話を発展させていきたいとおもいます。 

『三枚の写真』の映像性

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  何か、取りこぼしていないかチェックしてみたところ、三枚目の写真の意味が不明だということですね。
 これは吉田さんが候補としてあげた成人式を意味していると思います。

再『三枚の写真』

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 この「三枚の写真」がなぜ観念的であるかと言えば、
 構成の面からみると緻密に構成が考えられており、
 ことばの表現からみると、その構想を力業で成立させるために意味的な喩が多用され、像的なイメジが希薄、
 現実との照応においては理念(理想)の方が上位に置かれている
 ...ということになるかと思います。
 前向きのコメントのおかげで、久しぶりに熱が入り、三枚の写真に対する理解も深まりました。
 昨日、記事を書き終え、晩酌をしながらテレビをつけてみるとNHKで松本隆の番組をやっていました。
 見ていて、どうも私は一つ誤解していた点があるようだと気づきました。
 吉田様、たいへん熱心なコメント、あらためて読ませていただきました。
 あの記事を最初に書いたとき、別ブログで女性の自立について論じていましたので、こちらの記事もそれに引きつけた切り口の記事内容になっているなと思います。


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